【連載 短編小説】シブヤ関係 第四回 「終わらない夜のコーヒーは待つほどに甘く」

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さまざまな人が交差する渋谷では、今日も、人の数だけ興味深いドラマが繰り広げられている。出会い、別れ、喜び、不安に満ちた街にも関わらず、つい足が向かってしまうのはなぜなのだろう?
人と会いたくなる街「渋谷」で繰り広げられる様々な人間関係を、読み切り連載でライター 前田紀至子がお届けいたします。

明け方の渋谷というのは、混沌の世界の上に、更に混沌の粉をふりかけているような佇まいだ。
酔っ払いが過ぎて、道端に無防備に倒れこんでいるサラリーマン。そのサラリーマンを、スマートフォンで撮影する人。それらの人々を見て見ぬ振りし学校に向かう学生。そして果てしなく眠そうな顔でこれから帰宅しようとする人。かくいう私も「これから帰宅する人」の一人で、その日は数年ぶりに夜を徹してクラブで楽しんでしまった。

本来なら即座にタクシーに乗り込むのだけれど、クラブの重いドアを開けた瞬間覗いた空は仄明るくて、そのまま直帰するような気分でもなかったこと、そしてクラブで偶然旧い友人に会ったことから、折角ならばコーヒーでも飲んで帰ろうか、という話になった。

渋谷 センター街

この時間にお茶を飲みに行くならばと向かったのは、センター街の中にある朝6時までやっている喫茶店。それは昔からずっと変わらない、私たちが朝まで遊んだ日に行く_「お決まりのお店」の一つで、もう一つのお決まりだったガード下のラーメン屋さんは、今はもう無い。
それもあって、私たちは無条件に健全にコーヒーを飲むという選択をした。それがまた「大人になった」ということなのかもしれない。

それでも懲りずに「もうオールはつらいものがあるね」なんていう数年前と同じ台詞を繰り返しつつ階段を上がってお店に入ると、即座に視界に飛び込んできたのは壁側の2人席に頬杖をついて座っている可愛らしい女の子の存在だった。
この時間帯に喫茶店で過ごしている女の子にしては珍しく、彼女のお化粧は少しも崩れていないし、酔っ払っている気配もない。但しその目はどこか空虚でスマートフォンを凝視し続けていた。時折、コーヒーに手を伸ばしながらも視線は画面の中から逸れることは無い。
一体その画面の中には何が潜んでいるというのだろう。

渋谷 センター街 カフェ

私がスチームミルクを啜りながら彼女を眺めていると唸り声のように机が震える音がした。彼女の机だった。

そしてその瞬間、彼女が飛び上がるように体を縮ませて電話に手を伸ばした。

「…もしもし?」

震えと歓喜が入り混じった彼女の声が店内に響き渡る。

「うん、ううん、起きてたよ?全然大丈夫。終わった?」

果たして、何が終わったのだろう?飲み会?麻雀?クラブ?
何にしろ、こんなに可愛い女の子を一人きりで待たせておくなんて、褒められた行為じゃないと思うけれど。

友達と目配せをしながら見知らぬ男に対する軽い憤りに首を傾げていると、女の子が小走りでレジへ向かい、お会計を終えて、即座にお店から出て行った。おそらく彼女は家に帰るでも仕事へ行くでも無くこれからどこかへ行く。

彼女にとって最高のひと時のために。彼女の長い一日は、きっとまだ終わらない。

渋谷 センター街

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前田紀至子

ライター:前田紀至子(まえだ・きしこ)
フェリス女学院大学文学部卒。
新潮社nicola専属モデルや光文社JJのライターを務めた後、フリーに。
現在は雑誌やウェブでの記事執筆の傍ら、自身も雑誌やテレビなどに出演も。

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過去の連載短編小説はこちら
■シブヤ関係 第一回「スペイン坂のベーグルは冷めても美味しい」
■シブヤ関係 第二回 ミラーボールの下のパンケーキは時間をかけて焼きあがる
■シブヤ関係 第三回「ミルクティーの隙間で密やかに紡ぐ愛の言葉」

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