【連載 短編小説】シブヤ関係 第6回 「ヒロイン」

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さまざまな人が交差する渋谷では、今日も、人の数だけ興味深いドラマが繰り広げられている。出会い、別れ、喜び、不安に満ちた街にも関わらず、つい足が向かってしまうのはなぜなのだろう?
人と会いたくなる街「渋谷」で繰り広げられる様々な人間関係を、読み切り連載でライター 前田紀至子がお届けいたします。

渋谷のTSUTAYAは宇宙ステーションを模したアトラクションのような造りだ。

渋谷 TSUTAYA カフェ

私はその少し変わった構造の店内を彷徨いながら、ナンシー・シナトラやマルコス・ヴァーリ、エリス・レジーナといった耳に涼しいアルバムを何枚か手に取っていた。
最近毎日のようにテレビから聞こえてくる、「とても暑くなります」という予報。
女性アナウンサーによる少し心配そうな表情での「熱中症にご注意ください」という一言も、まるでシールでも貼ったかのように必ずと言っていいほど付け加えられている。
今日もまさにそんな日で、私はオフだというのに一歩も家から出ることなくエアコンの効いた部屋で半日を過ごした。そんな自分に軽くうんざりしたこともあって、夕刻からシャワーを浴びてCDを買いに行きがてら、渋谷に散歩に出かけることにしたのだ。

レジでお会計を済ませるや否や、私は隣接のコーヒースタンドへ吸い込まれた。

渋谷 TSUTAYA スタバ

陽は落ちて来たといえども、やはり暑い。
今の私にはフラペチーノが必要だ、素直にそう思った。

無事エスプレッソフラペチーノを手に入れ、心地よく冷えたプラスチック容器から涼を取りながら席に着くと、隣の女の子二人組もまたフラペチーノを飲んでいた。
しかし今時の女の子が飲むフラペチーノは淡いピンクや鮮やかなオレンジで、更にクリームもたっぷり乗っている。彼女たちにぴったりの可愛らしさだと思いつつ、私はいそいそと歌詞カードを取り出した。

「あなた、彼のこと本当に好きなんですか?」

突然耳に飛び込んできたパンチラインにぎょっとした私は、思わず隣の女の子たちを改めてそっと見つめなおす。
ジーン・セバーグみたいな金髪ベリーショートの女の子と、アンナ・カリーナのように前髪を短く切ったロングヘアの女の子。二人に共通している浮世離れとも言えるほどの洒落た雰囲気からして、気の合う女友達同士だとしても全く不思議ではないけれど、先刻の口ぶりからするとそもそも知人ですらないと捉えるのが適切な気もする。
いわゆる恋敵、というやつなのだろうか?更に耳を済ませてみたものの、店内の雑踏がその会話を掻き消してしまう。

渋谷 TSUTAYA スタバ

結局彼女たちは腰を据えるでも無く、すぐに店を出て行ってしまった。
階段を降りてそのままスクランブル交差点へと向かう二人は、遠巻きに眺めるシルエットまでもが美しく、魚眼レンズのようなガラス越しにもよく目立つ。店を出た瞬間、道玄坂と渋谷駅、真反対に歩き出す彼女と彼女。二人を結ぶ線はどこまでも長く伸びてゆく。

渋谷 TSUTAYA スタバ

私は思い出したかのように少し柔らかくなったフラペチーノを吸い上げた。
美しく溶けゆく日々を翻弄されているのであろう、二人のヒロインに重ねながら。

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前田紀至子

ライター:前田紀至子(まえだ・きしこ)
フェリス女学院大学文学部卒。
新潮社nicola専属モデルや光文社JJのライターを務めた後、フリーに。
現在は雑誌やウェブでの記事執筆の傍ら、自身も雑誌やテレビなどに出演も。

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■シブヤ関係 第二回 ミラーボールの下のパンケーキは時間をかけて焼きあがる
■シブヤ関係 第三回「ミルクティーの隙間で密やかに紡ぐ愛の言葉」
■シブヤ関係 第四回「終わらない夜のコーヒーは待つほどに甘く」

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