【連載 短編小説】シブヤ関係 第7回「カルピスと、踊る君」

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さまざまな人が交差する渋谷では、今日も、人の数だけ興味深いドラマが繰り広げられている。
出会い、別れ、喜び、不安に満ちた街にも関わらず、つい足が向かってしまうのはなぜなのだろう?
人と会いたくなる街「渋谷」で繰り広げられる様々な人間関係を、読み切り連載でライター前田紀至子がお届けいたします。

夏の夕刻、公園通りを歩く人たちは皆少しだけ早足だ。そしてそれを他人事のように眺めている私も待ち合せに少し遅れていて、少し早足で坂道を登っている。
彼に指定されたカフェは渋谷のアップルストアのすぐ近くにあって、そのお店のチョイスは彼らしくて気が利いているとは思いつつも、駅からのちょっとした距離が今の私にはまどろっこしい。

渋谷 カフェ

わずかに息を切らしながら階段を上がって二階に辿り着くと、ガラスのドア越しに彼のシルエットが見えた。

渋谷 カフェ

いつもと同じように書き物をしている彼は、私が到着したことはおろか、私の遅刻にも気づかない様子で自分の世界に没頭しているようだった。
私は足音と気配を消してこっそり駆け寄り彼の後ろに回ると、彼の眼前に広がる白い紙を眺めた。

渋谷 カフェ

英語や日本語、あるいは見たことの無い文字だか何だか分からないような記号。様々な言葉が踊るように並んでいる。自分と同じ文字を扱う仕事といえども私が文章を作る際のそれとは全くアプローチが違う。私が彼を眩しく感じる理由の一つはそこに隠れているような気がした。

「お待たせしてしまってごめんね」
私は出来る限り申し訳なさそうでありながらも涼しげな笑顔を作って彼に詫びながら、メニューに目も通さず店員さんにカルピスを豆乳で割ったドリンクを注文した。残念ながらここには三十分も居られない。「元気だった?」「最近は忙しかったの?」という最低限の世間話も早々に、私はいつもと同じように彼の言葉の世界に飛び込む。

インド刺繍の日傘、昔風の麦わら帽子、砂糖菓子のサマードレス、さざ波のマニキュア、ガラスのバングル…

彼と会うと、彼は必ず私を紙の上に映し出す。軽やかで美しい文字によって。どんどん描き進められる文字を眺めながら私は運ばれてきた乳白色のドリンクを一飲みする。
そして私は彼を見つめながら、同じ紙の端に文字を書き始めた。

細い髪、薄い肌、透けるような瞳、少し大きな鼻、柔らかそうな唇…

彼は私のペン先に目を遣って、ほんの少し頬を染めながら微笑んだ。

「ね、それ、もしかして僕のこと?」

「うん、どちらかというと、私が好きなあなたのこと。さてと、私もう行かなくちゃ」

渋谷 カフェ

真夏のカルピスは、私の喉を少し熱くする。

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前田紀至子

ライター:前田紀至子(まえだ・きしこ)
フェリス女学院大学文学部卒。
新潮社nicola専属モデルや光文社JJのライターを務めた後、フリーに。
現在は雑誌やウェブでの記事執筆の傍ら、自身も雑誌やテレビなどに出演も。

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過去の連載短編小説はこちら
■シブヤ関係 第一回「スペイン坂のベーグルは冷めても美味しい」
■シブヤ関係 第二回「ミラーボールの下のパンケーキは時間をかけて焼きあがる」
■シブヤ関係 第三回「ミルクティーの隙間で密やかに紡ぐ愛の言葉」

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