さまざまな人が交差する渋谷では、今日も、人の数だけ興味深いドラマが繰り広げられている。出会い、別れ、喜び、不安に満ちた街にも関わらず、つい足が向かってしまうのはなぜなのだろう?
人と会いたくなる街「渋谷」で繰り広げられる様々な人間関係を、読み切り連載でライター 前田紀至子がお届けいたします。
ここはかってストリップ劇場だったのだ。いつか誰かにそう聞いたことがある。
平日の昼間、そういう眼差しで見れば見る程この場に居る全員が「ワケあり」に見えてこなくもないカフェで、私は気だるげに降ったり止んだりする雨を眺めていた。
窓の外側にへばりつく雫とこちら側の机に乗っているクリームソーダの泡のコントラストはまるで海底の世界みたいで、夏の終わりに御誂え向きな気がした。
前のテーブルを見ると、同じようにクリームソーダを飲んでいる女の子が居る。そうよね、メニューにあるならば頼まずにいられないわよね、と同士を称えるような気持ちで横目で隣のテーブルを眺めていると、間も無くそのテーブルに待ち合わせをしていたのであろう男がするりと座った。
薄く小さい声で「お待たせ」と言いながら。
それに気付いた女の子は視線を微塵も上げようとせず、クリームソーダを飲みながら尋ねる。
「あなたはいつものアイスレモネード? あの、甘い甘いレモネード」
「うん、もう席に着く前に頼んだよ」
二人の間には、二人だけが纏う二人だけの空気が漂っているように見えた。少なくとも私にとっては。こういうのをお似合いのカップルというのだろう。
私は席の後ろにあった本に手を伸ばして、本を読む振りをしながらページの隙間からクリームソーダとレモネードの二人を眺める。手に取った分厚い本は英語の辞書だけどまあ構わない、気付かれることはないだろう。
すると男がかすれるように儚い声で、まるでこの空間の余白に向かって語りかけるかのように言葉を発した。
「今日が最後だと思うと、少し寂しい」
そして、同じように女の子も応答する。
「そう?私は…」
「全然寂しくない?」
「すごく寂しい」
「そう言って貰えると救われる」
彼らの少しも無駄な間の無い会話はとても美しく、そしてその中に擦り切れるような切なさを孕んでいて、さながらやまびこのようだと感じた。
「でもこれが一番美しい終わり方だと思うわ」
「僕もそう思う」
「今日の雨の景色もずっと忘れない気がする」
「雨が降るごとに思い出すね、きっと」
「うん」
「うん」
この耳に心地よいやりとりは、おそらく、まさに今確実に終着駅へと向かっている。
雨音と共に。
彼らだけではなく、ここに居合わせた私もまた、雨が降るごとに今日のことを思い出すのだろう。
雨の中にけぶる白昼夢のような呼応を。
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ライター:前田紀至子(まえだ・きしこ)
フェリス女学院大学文学部卒。
新潮社nicola専属モデルや光文社JJのライターを務めた後、フリーに。
現在は雑誌やウェブでの記事執筆の傍ら、自身も雑誌やテレビなどに出演も。
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