【連載 短編小説】シブヤ関係 第9回 「今夜、あなたとエスプレッソを」

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さまざまな人が交差する渋谷では、今日も、人の数だけ興味深いドラマが繰り広げられている。出会い、別れ、喜び、不安に満ちた街にも関わらず、つい足が向かってしまうのはなぜなのだろう? 人と会いたくなる街「渋谷」で繰り広げられる様々な人間関係を、読み切り連載でライター 前田紀至子がお届けいたします。

渋谷 カフェ 小説

長居はせずに、食後に一杯エスプレッソでも。

渋谷というのは、その「一杯のエスプレッソ」を見つけるのが少しばかり困難な街でもある。じっくり腰を据えてお茶を楽しみたいなら選択肢は無数にあるのだけれど。

二十二時を軽く過ぎた頃にハンサムな女友達とデザート代わりのエスプレッソでもさっと喉に流し込もうかという時、私たちは大抵道玄坂にあるエスプレッソ屋さんを選ぶ。
このどこにでもあるエスプレッソ屋さんは、長い付き合いの女同士で利用するには安心感があるし、何より豊富な品揃えはチェーン店の醍醐味だというのが、彼女と私の共通の価値観だった。

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高さがあるカウンターの前に二人並んでメニューに目を通し、一瞬シーズナルのドリンクに惹かれながらも揃って「メッツォ メッツォ」を頼む。エスプレッソとチョコレートが混ざったこの語感も味も茶目っ気ある飲み物は、いつだって私たちのお気に入りだ。

出来上がったドリンクを片手に階段をあがり、私たちはなだらかな曲線を描く座席に腰をかける。席と席の間があまり広くないことを軽く認識したうえで、声のトーンを気持ち絞るように意識して、さっきまで紹興酒片手に花咲かせていた話の続きを再開させようとした。

「それにしても」

私がそう言った瞬間、彼女は悪戯そうな目つきをして少し口元をほころばせた。隣の席からも、同時に「それにしても」と聞こえてきたのだ。私たちは目配せをして、まるで完璧なハモりのように被った「それにしても」の会話の内容に耳を傾けるとした。
隣の席の二人組の男の子は、そんな企みに気付く気配も無く会話を進行させようとしている。

「それにしても、お前本当にあの子と付き合いたいわけ?いや、確かにすげぇ可愛いけど。」

二人の男の子は私たちと同世代といったところだろうか。適度に小綺麗で洗練されているから大人びて見えるけれど、よくよく顔つきを見るとちょっとばかり歳下でもおかしくないかもしれない。
ざっくりとしたオリーブ色の綿ニットがよく似合う顔の小さな男の子は怪訝そうな眼差しで話の続きを促す。

「けど?何?」

「けど、もし二人が付き合ったとしても、長く続くとは思えないよ。今のままじゃ」

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もう一人の眼鏡の男の子は、歯に衣着せぬ物言いが彼のスタイルなのだろうか。隣の私が絶句するほどにズバズバと物をいう。

「結局いっつもそう言うじゃん。そんでまぁ、結局その通りになるんだけどさ」

「お前が優しすぎるのがよくないんだよ。まあ、そこが良いところだとも思うけど」

「まぁね。それよりさ、明日待ち合わせ何時にする?起きたら電話してよ」

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とどまること無く無邪気に話を続ける男の子たちを横目に、私は「仲の良い男同士がつるんでいる時にはオキシトシンという恋愛ホルモンが出ているらしい」という研究結果を不意に思い出した。店を出たら、すぐに彼女にこの話をするとしよう。きっと笑ってくれる。そんな想像をしながら、エスプレッソの後に広がるほのかに甘いチョコレートの風味を喉の奥でじっくりと嘗めた。

前田紀至子

ライター:前田紀至子(まえだ・きしこ)
フェリス女学院大学文学部卒。
新潮社nicola専属モデルや光文社JJのライターを務めた後、フリーに。
現在は雑誌やウェブでの記事執筆の傍ら、自身も雑誌やテレビなどに出演も。

■シブヤ関係 第8回 「美しい終わりは、音が聞こえる。」
■シブヤ関係 第7回「カルピスと、踊る君」
■シブヤ関係 第6回 「ヒロイン」

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