【連載 短編小説】シブヤ関係 第10回 「僕だって甘いフルーツパフェが食べたい」

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さまざまな人が交差する渋谷では、今日も、人の数だけ興味深いドラマが繰り広げられている。出会い、別れ、喜び、不安に満ちた街にも関わらず、つい足が向かってしまうのはなぜなのだろう?
人と会いたくなる街「渋谷」で繰り広げられる様々な人間関係を、読み切り連載でライター 前田紀至子がお届けいたします。

渋谷 スクランブル交差点

渋谷周辺、特に渋谷駅からセンター街までの距離を上手に歩くのはなかなか難しい。気を抜けばすぐ人とぶつかってしまうし、余りの人の多さに目的地まで思いの外時間を要することも珍しくない。
それを言い訳にするという訳ではないけれど、私は相変わらず人にぶつかったり波に呑まれたりして、いつものように待ち合わせ時間に少し遅れていた。

人の多さゆえに渡りきれなかったスクランブル交差点を憎々しく見つめながら詫びのLINEを送ろうとしたその時、着信があった。画面に表示された名前はまさに今詫びのメッセージを送ろうとしていた彼女。恐らく既に彼女が席に着いているであろう数百メートル先のフルーツパーラーを見上げながら通話ボタンを押した。

「ごめんごめん、今横断歩道が青になるのを待っているからあと少し・・・」

「それは全然よいんだけど、いやよくないよくない!早く来た方がいいですよ!!」

早口の彼女がいつものように捲し立てる。それを可愛いなんて言ってしまうと、遅刻している身で失礼かもしれないけれど。

「ごめんね、待たせちゃったのは本当に申し訳ないと思ってる、好きなパフェ頼んでおいていいよ。何個でも」

どこまでも呑気で鈍い私に対して、彼女は少し焦れたような様子で小声ながらも語気を強めて言った。

「そうじゃなくて……。早く来て欲しいのは、ここの状況のこと!隣の男女がすごくすごく良い感じなんです」

なるほど。きっとこの後起こりうる決定的瞬間を予感して、彼女は早く来いと連絡してくれたのだろう。彼女は私より六つも歳下であるものの本当にちゃっかりしていて勘が鋭い。そういう部分がつくづく愛おしく、そして羨ましい。

通話を終えたタイミングで流れる「信号が青に変わりました」というアナウンスと共に、私は人波をすり抜ける。ドラッグストアを越え、もんじゃ焼き屋さんを越え、エレベーターに乗り込む。目指すは2階のフルーツパーラー。エレベーターが開けば先刻までの雑踏が嘘みたいに折り目正しくゆったりした店内が広がる。

渋谷 カフェ

足を踏み入れるやいなや、一際目立つ待ち合わせ相手が目に入った。

「お待たせ、例のカップルって隣の?」

こっそりと指で隣を示しつつ口の動きだけで問うと、彼女は名探偵か張り込みの刑事にでもなりきっているかのように自信満々の眼差しでこくりと頷く。

「ギリギリ間に合いましたよ。今、相当良い感じ」

ボックス席にも関わらず横並びに座った私たちは耳打ちをしながら横目で眺め続ける。私は隣の席をそっと見つめながらも、側から見ると何事かと思われかねない女同士の戯れだってごく自然に馴染むのもまたフルーツパーラーの特権だと内心うっとりしていた。もっとも、私が席に着いた頃からずっと隣の男女の沈黙は続いているのだけれど。
しかしながら彼らによって生み出されている背筋がピンと伸びた、それでいて頰の緩みそうな甘やかな静けさは、このフルーツパーラーの内観やウエイトレスさん、そして次々と配膳されゆくパフェやフルーツサンドの清らかな美しさによく似ている気がする。

渋谷 カフェ フルーツパーラー

「良かったらまた一緒にパフェ、食べに行きませんか?」

沈黙を破ったのは、少し素っ頓狂な男性の声だった。思わず私たちまで少し照れながら、両手で口を覆い固唾を飲んでそっと女性を見つめる。するとその女性も林檎のように顔を真っ赤にしながら無言で何度も首を縦に振った。

考えてみれば愉悦の味がするクリームとときめきを孕んだ果実、そして体温で融けゆくアイスクリームで出来たパフェは、大人の恋の始まりにこれ以上ないくらいよく似合う。

これから私たちが食べるパフェは、いつも以上に甘酸っぱく感じるに違いない。

前田紀至子

ライター:前田紀至子(まえだ・きしこ)
フェリス女学院大学文学部卒。
新潮社nicola専属モデルや光文社JJのライターを務めた後、フリーに。
現在は雑誌やウェブでの記事執筆の傍ら、自身も雑誌やテレビなどに出演も。

■シブヤ関係 第9回 「今夜、あなたとエスプレッソを」
■シブヤ関係 第8回 「美しい終わりは、音が聞こえる。」
■シブヤ関係 第7回「カルピスと、踊る君」

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