【連載 短編小説】シブヤ関係 第12回 「今宵も、辛めの人生に乾杯」

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

さまざまな人が交差する渋谷では、今日も、人の数だけ興味深いドラマが繰り広げられている。出会い、別れ、喜び、不安に満ちた街にも関わらず、つい足が向かってしまうのはなぜなのだろう? 人と会いたくなる街「渋谷」で繰り広げられる様々な人間関係を、読み切り連載でライター前田紀至子がお届けいたします。

渋谷 カフェ 小説

仕事柄、WiFiと電源が使えるカフェはある程度頭に入っている。そして渋谷でそれらを叶えてくれる駅に近いカフェとなると、やはり辿り着くのは副都心線13番出口を出てすぐのところにあるマイルス・デイヴィスのアルバムと同じ名前のカフェだと相場が決まっている。

入り口の階段を三つ上がって黒いフレームのガラスドアを開けると、私は素早く店内を見渡した。三回に一回は誰かしら知った顔がマック片手にコーヒーを飲んでいるからだ。そしてどうやら今日はその一度だったらしい。

渋谷 カフェ 小説

「綾子さん!」

私は小走りで窓際の席に近づきながら、名前を呼んだ。綾子さんというのは、同じくライターを生業にしている女友達であり先輩でもある。だからと言って一緒に仕事をしたことがある訳では無いのだけれど、彼女の文章を読む度に毎度唸らずにはいられないから、やっぱり私にとって彼女はずっと女友達でありながら憧れの存在なのだろう。

「あら。元気?」

さて、元気?と聞いて来た本人が明らかに元気じゃない場合一体どうすれば良いのだろうか。満面の笑みで応えるのも何だか違うような気がして、とりあえず「それなりに」と首を傾げてみることにした。

「綾子さんは?」

メニューを眺めている振りをしながらそっと彼女の様子を伺おうとした瞬間、呆気無くパンチラインが繰り出された。

「ずっと好きだった人が結婚するんだよね」

私は小さく声を漏らし、まるで外の寒さで凍ってしまったかのように何の反応も出来なくなってしまった。

私たちの年頃にとって「ケッコン」という言葉は、薄い薄いグラスみたいに扱い注意だ。自分自身や好きな人が絡んでいるなら、尚更。そしてグラスは年々少しずつ薄さを増していく。何も言えなくなってしまった私は小さく深呼吸しながら彼女の目を見つめることしか出来なかった。

「彼は最後には私と結婚するものだと思ってた」

「付き合っていたの?」

「いや、そういう訳じゃないけれど、漠然とそう思っていたの」

確かに綾子さんは思い込みが激しいところがある。それは否めないけれど、女の子なら誰だって一度は考えたことがあるはずだ。自分が一番好きな人と結婚することを。そうして始まる甘い甘いオレオシェイクのような暮らしを。

「ねぇ綾子さん、その男の人さ」

「うん」

「見る目無いね」

渋谷 カフェ 小説

綾子さんは初めて少しだけ笑った。目の奥をじんわりと潤ませながら。店員さんがオーダーを取りに来たら私はウィルキンソンのジンジャーエールを二つ頼もう。今日にお誂え向きな、辛口のお節介。

前田紀至子

ライター:前田紀至子(まえだ・きしこ)
フェリス女学院大学文学部卒。
新潮社nicola専属モデルや光文社JJのライターを務めた後、フリーに。
現在は雑誌やウェブでの記事執筆の傍ら、自身も雑誌やテレビなどに出演も。

■【連載 短編小説】シブヤ関係 第10回 「僕だって甘いフルーツパフェが食べたい」
■【連載 短編小説】シブヤ関係 第9回 「今夜、あなたとエスプレッソを」
■【連載 短編小説】シブヤ関係 第8回 「美しい終わりは、音が聞こえる。」

※記事の内容は公開時点の情報です。価格等の情報については変更している可能性がありますのでご了承ください。
  • このエントリーをはてなブックマークに追加