【連載 短編小説】シブヤ関係 第13回 「それでも私は探し続ける」

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さまざまな人が交差する渋谷では、今日も、人の数だけ興味深いドラマが繰り広げられている。出会い、別れ、喜び、不安に満ちた街にも関わらず、つい足が向かってしまうのはなぜなのだろう? 人と会いたくなる街「渋谷」で繰り広げられる様々な人間関係を、読み切り連載でライター 前田紀至子がお届けいたします。

渋谷 ロクシタン

交番前やQFRONT前、或いはハチ公前。そういった待ち合わせ場所に到着する少し前に「遅れます」と連絡が来た場合、十年前ならばファストファッションのお店をパトロールしたりTSUTAYAの中をふらついたりして時間を潰していた。だけれど十年の月日を経て、私が心地よいと感じる人の待ち方はどうやら僅かに変化が生じている。

駅を出たらそのまま横断歩道を渡り、ボディクリームやリップクリームが並ぶコスメコーナーをすりぬけたら階段を上がり席につく。相手に「いつもの場所にいるから」と知らせると同時に、私はどんなに外が寒くたって迷いなくテオレグラッセ ロクシタンを注文する。それは持て余すことになってしまった時間を至極甘く幸福なものに変えてくれる魔法のような飲み物だから。

渋谷 ロクシタン

鞄の中に入っていた文庫をパラパラとめくりながら窓越しに映るスクランブル交差点や渋谷の駅の喧騒を眺めていると、明るく柔らかな店内には一寸不似合いな女の子のすすり泣くような声が聞こえたような気がした。まさか、と思いつつもピアスを付け直すような素振りで上半身を少しひねり、伏し目がちに店内を見渡したところ、先ほどの声は聞き間違いではないことが確認できた。私の斜め後ろでは女の子が淡々と涙を流している。同じ机に腰をかけ、所在なさそうにしている男の子を前にして。

「ねぇ、どうして…」

今この瞬間、店内の全員が共有している気まずい沈黙を打ち破るように、気まずさの当事者である女の子は声を絞りだすように喋り出す。

「どうして別れようなんて、言うの?私たち別に上手く行ってなかった訳じゃない。喧嘩をした訳でもないし、好きな人ができたって訳でもないってさっき言ってたよね?じゃあ……どうして?」

「うーん……」

「結婚したいって言ってたじゃない、ついこの前まで」

「うーん……」

「嘘だったの?」

「嘘、って訳じゃないけど……」

泣いてすがる女の子と、煮え切らない男の子。女子率が高いこのお店の中で、この空間にいるのは彼以外全員女だ。そして今、おそらく私たちは全員こう思っている。そんな女々しい男やめておきなよ、と。だけどきっと、当事者にしか分からないこともあるだろうし、当事者ですら分からないこともあるのだろう。それが多分恋というものなのだ。

渋谷 ロクシタン

せめてこの女の子が少しでも悲しまない結果になれば良いのに、そう思いながら私はiPhoneに視線を落とし、「遅れていてごめんね、着いたらそっちに行こうか」というメッセージに対して、返事を打った。

「改札まで迎えに行きたい、少しの時間も無駄にしないで会いたいの」

恋の模範解答なんて誰にも分からない。それでも私たちは手探りで恋をするのだ。

前田紀至子

ライター:前田紀至子(まえだ・きしこ)

フェリス女学院大学文学部卒。
新潮社nicola専属モデルや光文社JJのライターを務めた後、フリーに。
現在は雑誌やウェブでの記事執筆の傍ら、自身も雑誌やテレビなどに出演も。

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