ディア・ロストマン|Day3|需要と供給の関係性

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Twitterフォロワー8万人を超える人気ライター・カツセマサヒコ氏による、7日連続公開の超短編小説。忙しなく生きる人たちに送る、電車一駅ぶんの物語。

カツセマサヒコ

(三日目)
+++1/4+++
「カナメの文章って、舞台背景やシチュエーションが先行して、心情が抜けてるんだよ。このときどう思ったか。どうしたかったのか。それを私が勝手に補ってるだけ。私は話の展開とか考えるのが下手だし、カナメとはバランスが良かったと思う」

連載開始から半年。スエヒロさんの思いつきから始まった物語が、クライマックスに差し掛かろうとしていた。
宇田川町。冷房が効きすぎたカフェでソイラテの氷をかき回しながら、トモは自分たちの功績を分析した。

仕事は、信じられないくらいうまくいっていた。第五話の公開時点で書籍化の話が複数の出版社から舞い込み、ネットでは公開の度にハッシュタグがトレンド入りしてみせた。ワイドショーで取り上げられることもしばしばあった。

出会ってから一年経たずのうちに、僕らはちょっとした「時の人」となっていた。

+++2/4+++
週刊連載をこなすには常にアイデアをぶつけ合わなければならず、結果的に僕らは職場以外でも一緒にいることが多くなった。

執筆のペースが掴めてくる頃には、趣味がカメラだと言う彼女と宮下公園のダンサーや早朝のセンター街に潜むネズミを撮っては、神泉駅にほど近い彼女の部屋の暗室に籠った。
ダイニングにはいつもシャンダンの匂いが立ち込めていて、日が高いうちからハイネケンやスミノフを飲むと、高揚感と気怠さが羞恥心を吹き飛ばした。
そのまま体を重ねては同じような夜と朝を繰り返すことが、いつしか僕らの習慣になっていた。

+++3/4+++
「『供子』って書いて、『トモコ』なんだよ。ダサいでしょ?」

「『要』よりいい。ケミストリーと俺ぐらいしか、この名前のヤツを知らない」

「でもどっちの名前も、今は好きだよ。『供給』の『供』と、『需要』の『要』。わたしたちは、需要と供給の関係でぴったりくっついてる」

彼女の台詞が、一年経った今でも容易に思い出せた。
あの時の僕は、このままふたりひっそりと、渋谷の片隅で生き続けるとばかり思っていた。

+++4/4+++
「一年前のこととは、思えないね」
道玄坂のホテル街にある、カウンター席しかないおでん屋。スエヒロさんの告別式を終えた僕らは、彼が好きだったその店で昨夜と同じように、三人のことを振り返っていた。
店員がハイボールを持ってくるたびグラスを鳴らし、僕らが手にした眩しすぎる過去を遠目で見ていた。

どこからすれ違ったのか。
それだけは明確で、できればそこに触れるまでには、回想を終えたかった。一年経った今でもそのことを思い出すと胃に穴が空くほど苦しく、その穴に自分が飛び込みたくなるほど、痛ましかった。

「トモに、デカい仕事来たぞ」
すべてはその発言から、おかしくなっていった。

(プロフィール)
カツセマサヒコ
フリーランスのライター・編集者。広告記事、取材記事、コラム、エッセイ、Web小説などの企画・執筆を中心に活動している。Twitter:@katsuse_m

撮影:Shinsuke Yasui
デザイン:Haruka Nakamura

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※記事の内容は公開時点の情報です。価格等の情報については変更している可能性がありますのでご了承ください。
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