ディア・ロストマン|Day4| 俺たちは日々、言葉を失っていくんだ

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Twitterフォロワー8万人を超える人気ライター・カツセマサヒコ氏による、7日連続公開の超短編小説。忙しなく生きる人たちに送る、電車一駅ぶんの物語。

カツセマサヒコ

(四日目)
+++1/4+++
トモの新しい漫画は、大手出版社の少年誌で週刊連載されることが決まった。
有名な脚本家がトモのイラストに惚れ込んで、原作担当として熱烈なオファーをしたらしい。

新しい仕事によって多忙を極めたトモは、僕との仕事に注力する時間も取れなくなっていった。反比例するように、脚本家の自宅に寝泊まりする日も増えているようだった。

彼女が誰かに依存しなければ生きていけないタイプの人間であることはわかっていた。
週刊連載だからといって必ず寝食を共にする必要はない。でも、トモは公私を混同することで現実を作品に昇華するクリエイターだった。
テイストがどんどん変わっていくトモの原稿から、新しい何かに触れていることがすぐにわかった。
それは、僕との生活に終わりを告げたがっている手紙のようにも思えた。

+++2/4+++
徐々に作風とズレていくトモのイラストと、打ち合わせの時間すらままならない現状を見て、スエヒロさんは僕とトモの連載を打ち切ることに決めた。

それはトモの負荷を考えれば至極全うな考えで、配慮された答えにも思えた。僕にとっても、原作者としてないがしろにされ続けていくよりは潔く終えてしまった方が後腐れもないだろうと判断されたものだった。

「お前のせいでも、トモのせいでもないからな」
「わかってます」
「じゃあ、誰のせいだと思ってる?」
「わからないです。ただ」
「ただ?」
「僕は今日、すべてを失った気がします」

スエヒロさんからどんな言葉をかけてもらおうとも、この日だけは、頭からトモの存在が消えることはなかった。

+++3/4+++
打ち切りの話が決まってからは、あっけないくらい簡単に物事が進んだ。
 トモは当然のように脚本家の家に移り住むことになり、シャンダンの匂いに満ちた暗室を楽しそうに解体し、荷物をまとめた。

「頑張るから、応援してね」

部屋を出て行く間際、彼女が言ったその台詞に、返事はせずに笑顔だけを送った。
別に捨てられたわけでもない。ただ彼女だけが高みに昇り、僕はその場から這い上がれなかっただけだった。

でもそれが、僕には十分な挫折経験となった。手を振る彼女に対して「幸せになってほしい」とも思えず、離れていってしまうその人を、成長しないでほしかったその背中を、ただ目に焼き付けるしかなかった。

+++4/4+++
彼女を見送り、鍵を不動産屋に返却した後、いつかスエヒロさんがあのおでん屋で熱弁していたことを思い出した。

「いずれ言葉じゃ食えなくなるぞ。
源氏物語が書かれたのもたった1000年前のことだ。1000年で、あの原文をそのまま読める人間はほとんどいなくなった。

いま俺たちが話している言葉、読み書きしている文章だって、きっと1000年後には誰も読めやしない。
絵文字やスタンプや〈いいね!〉でコミュニケーションは片付いて、俺たちは日々、言葉を失っていくんだ」

トモの作画に原作者として敗北した僕は、その言葉が現実になっていくのを実感していくだけだった。

いずれ言葉は、失われてしまう。だとしたら、2000文字や3000文字の原稿を書く意味なんて、ましてやそれで一生食っていこうなんて、どうしてそんなおこがましいことを思えたのだろう。何かを残そうなんて、どうしてそんな大それたことを思えたのだろう。

スエヒロさんとやってきたこと、トモと出会ったこと、ふたりで暮らしたこと、渋谷で起きたそれら全てが否定されていくように感じた。

そして僕は、鹿児島に帰ることを決めたのだった。

(プロフィール)
カツセマサヒコ
フリーランスのライター・編集者。広告記事、取材記事、コラム、エッセイ、Web小説などの企画・執筆を中心に活動している。Twitter:@katsuse_m

撮影:Shinsuke Yasui
デザイン:Haruka Nakamura

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