ディア・ロストマン|Day6|わたしたちが笑えば。

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Twitterフォロワー8万人を超える人気ライター・カツセマサヒコ氏による、7日連続公開の超短編小説。忙しなく生きる人たちに送る、電車一駅ぶんの物語。

カツセマサヒコ

(六日目)
+++1/4+++
「スエヒロさんが、死んじゃった」

そのLINEが届いたのは、トモと脚本家の不倫報道から3カ月が経った、2017年4月9日。
連載が打ち切りになったことだけは情報として入ってきていたものの、東京でどのように暮らしているのかはわからずにいたトモからの1年ぶりの連絡は、酷く簡潔で、生々しくて、なのにどこか現実味の欠ける一文が書かれたものだった。

トラックとの衝突事故。赤信号の横断歩道を歩いていたスエヒロさんからは、相当なアルコールが検出されたらしい。
それがわざとだったのか、ただの不注意だったのか。どれだけ生前五月蠅かった人でも、死者は二度と語らない。
トモもまだ実感が沸かないのだろうか、事故の詳細にはほとんど触れず、どこからかペーストしてきた改行やスペースが不自然に整いすぎた通夜と告別式の案内だけを送ってきた。

「ありがと。絶対に行く」
「うん。羽田まで、迎えに行ってもいい?」
「もちろん」

簡単な会話を済ませると、僕は東京へ向かう準備を始めた。

+++2/4+++
告別式から6日。
トモはペンネームを変えて細々と続けているイラストの仕事に復帰し、僕は宮益坂近くにあるホテルに籠って本を読んだり、渋谷を散策したりして、少しずつ現実を受け入れ始めていた。

「いずれ人は死ぬってわかってるのに、なんとなくダラっと生きちゃうのが本当に嫌だな。スエヒロさんのこと、ちゃんと覚えていられるかな」
仕事に没入している間はスエヒロさんの死を忘れることができ、トモにとってはそれが許せないことでもあるようだった。

 「あのさ」
告別式以後、夕方になると大した用もないのに毎日送られてくるLINEが今日も届く。

 「久しぶりに、カメラデートしない?追悼のカメラデート」

+++3/4+++
 トモの気持ちは、わからなくもなかった。スエヒロさんがいた世界で起きたことを今もう一度やることで、スエヒロさんがこの世界に生きた証明になるような気が僕にもした。

「わたしたちが笑えば、スエヒロさんもきっと喜ぶよ。メソメソしてるのなんて似合わないし、ゲラゲラ笑うようなやつやろうよ」

新社会人がいち早く居酒屋に集まろうと躍起になる18時過ぎ。僕らはセンター街入り口のスターバックス前に集まると、トモが用意したカメラを持って渋谷を歩き始めた。

クライアントに大目玉を食らったマークシティ裏の小道、打ち合わせに使ったWiFiの入らないカフェ、大きなミスをしたときに連れていってもらった夜の店、絶対に行列ができないラーメン屋、封鎖された宮下公園。

渋谷中にスエヒロさんがいた。僕とトモは、その都度恩師の笑えるエピソードを披露し合い、時折そっと涙を流しながら、写りはしないその人を撮って一晩中歩いた。

+++4/4+++
空が淡いピンクに染まり、ぼんやりとした気怠さとカラスの鳴き声がセンター街に響き始める。
コンビニでスミノフを2本買って、歩道の手摺りに座っていたトモに渡すと、僕もその隣に腰掛ける。空気はツンと冷えていて、静かになった街は深呼吸の音すら聞き取れるレベルで澄んでいた。

トモは少し胸を張ると、明け方とは思えないハッキリした声で話し出す。

「なんかスッキリしたし、わかった」
「何が?」
「わたし、カナメのことが好きだな」

自信満々に、でもこちらに目を合わすことはなく真っ直ぐに、僕を散々振り回してきた美人は、聞きなれたその声を渋谷に響かせた。

(プロフィール)
カツセマサヒコ
フリーランスのライター・編集者。広告記事、取材記事、コラム、エッセイ、Web小説などの企画・執筆を中心に活動している。Twitter:@katsuse_m

撮影:Shinsuke Yasui
デザイン:Haruka Nakamura

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