ディア・ロストマン|Day7|末広がりの需要と供給

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Twitterフォロワー8万人を超える人気ライター・カツセマサヒコ氏による、7日連続公開の超短編小説。忙しなく生きる人たちに送る、電車一駅ぶんの物語。

カツセマサヒコ

(七日目)
+++1/4+++
「それは、このタイミングで言うことなのかね?」
トモの突然の告白に呆気に取られた僕は、ムードも何もない率直な感想を口にした。

「好き」という表現にも、それなりの幅がある。この場合の「好き」はどの「好き」なのか。不倫騒動まで騒がれた女の「好き」って、何なのか。何より、追悼ムードの中でその台詞が飛び出すことは、いささか不謹慎すぎるのではないか。

「でも、スエヒロさんが『言え』って言ったんだ」
嘘のない力強い瞳で、彼女は続ける。
 「スエヒロさんは、私によく言ってた。『想ってるだけじゃ伝わらないから、言葉でちゃんと届けろよ』って。

だからきちんと言おうって決めたの。カナメのことが好きだって。それは勿論、異性としてって意味も含めて。散々我儘言って、いろんな人を振り回して生きてきたけど、改めて思ってる。大事にしたいのはカナメだなって」

その話を聞いた途端、頭の中に溶けていた記憶がひとつ回路に繋がって、脳内にある古い映像を映し出した。

+++2/4+++
スエヒロさんが初めて飲みに連れていってくれた日のことだ。
頼んだ熱燗がなかなか出て来ないことに腹を立てていた恩師は、僕のビールを飲みながら荒々しく言った。

「いいか、カナメ。“言葉”は何よりも大切なんだ。どれだけ時が経ち、形は変化を遂げても、俺たちは“言葉”自体を失っちゃならない。

『百聞は一見にしかず』と言うが、見えやしない心の内側は、“言葉”じゃなきゃ表せられないだろ。

だから、声であっても、文字であってもいい。ただ“言葉”だけは失っちゃならない。でないと俺たちは、大切な人に大切なことを伝える術すら、見失っちまうんだ」

+++3/4+++
スエヒロさんはきっと、言葉がいくら形を変えようとも、それ自体が滅びることはないとわかっていたのだ。
きちんと伝えなきゃいけないことは、スタンプとか〈いいね!〉で済ませられるわけがない。声で、文字で、体で、表情で伝えなきゃいけないことが僕らにはある。
それがわかっているうちはきっと、いくら言葉が形を変えても、それ自体が失われることはないのだ。漫画になろうが、テキストのままでいようが、それ自体は廃れることなく、多くの人に届いていくことに変わりないのだから。
源氏物語だって、確かに原文そのまま読める人は限りなく減った。でも、1000年経った今でも存在し、現在にまでその価値を残している。僕たちが綴る言葉は、形を変えても消えることはないことを、あの物語は証明しているのだ。

スエヒロさんを失った僕に向けて、まるで彼からの手紙を読み上げるようにトモは言った。
 「だから想いは、言葉にして届けるべきなんだよ」

+++4/4+++
道玄坂を上る。雑居ビルに囲まれた渋谷に朝陽が射すのは、もう少し後になりそうだった。
いくつかの眠っているネオンと、24時間働き続ける電光掲示板。胃もたれしそうなほど主張している屋外広告と、スマートフォンに映るメールの通知。たくさんの言語と非言語が僕らに何かを訴えている。

「おかえり」
トモの借りた新しい部屋に着くと、一年前と同じテンション、7日前と同じ言葉で、トモは僕を出迎えた。

「ただいま」
僕は少し笑ってから、できるだけ丁寧に、一年前に言い慣れた、7日前に口にしなかった4文字を返す。

渋谷の片隅で、いろんなものを失った僕らが再出発しようとしていた。
需要と供給はときに形を変えながら、なんとか末広がりで続いていくようだった。

「ディア・ロストマン」おわり

(プロフィール)
カツセマサヒコ
フリーランスのライター・編集者。広告記事、取材記事、コラム、エッセイ、Web小説などの企画・執筆を中心に活動している。Twitter:@katsuse_m

撮影:Shinsuke Yasui
デザイン:Haruka Nakamura

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ディア・ロストマン|Day3|需要と供給の関係性
ディア・ロストマン|Day4|俺たちは日々、言葉を失っていくんだ
ディア・ロストマン|Day5|彼女もまた、失った。
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ディア・ロストマン|Day7|末広がりの需要と供給

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