映画解説者・中井圭の「今宵は渋谷で映画でも?」 vol.03 人生はご都合物語ではない『マンチェスター・バイ・ザ・シー』

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本コラムでは、「映画をもっと知りたくなる」をテーマに、渋谷で観ることができる作品をご紹介します。3回目は、2017年5月13日(土)公開の映画『マンチェスター・バイ・ザ・シー』です。大都会・渋谷の片隅で泣いている、そこのあなたにお届けします。

マンチェスター・バイ・ザ・シー

© 2016 K Films Manchester LLC. All Rights Reserved.

『マンチェスター・バイ・ザ・シー』は、2017年2月に行われたアカデミー賞授賞式で、主演男優賞、脚本賞を受賞し、静かに注目を集めています。しかし、いかんせん派手さとケレンミ溢れる作風で国内興行収入40億を突破した、楽しく切ない大ヒットミュージカル映画『ラ・ラ・ランド』や、アカデミー賞の花形である作品賞の授賞式で、その『ラ・ラ・ランド』と前代未聞の“取り違え”が起こった『ムーンライト』と比較すると、少し地味な印象があります。

ですが、このコラムでは、そういった映画にこそ光をあてて盛り上げていきたいという思いがあります。なにより渋谷には、この映画に救われる人がたくさんいるはずです。それをいまからご説明しましょう。

「お決まりの展開」を期待してはいけない

マンチェスター・バイ・ザ・シー

© 2016 K Films Manchester LLC. All Rights Reserved.

本作は、他人に心を閉ざした無気力な中年男を主人公とした人間ドラマです。この一文だけ読むと全然観たいと思わないでしょう。が、諦めずに続きを読んでください。そんな男がある日、自分の兄が故郷マンチェスター・バイ・ザ・シーで亡くなったという連絡を受けて、久しぶりに帰郷することになります。

亡くなった兄には妻はいないけど高校生になるひとり息子がいて、故郷に戻った主人公はそのひとりぼっちの甥っ子の後見人に任命されることになります。他人と関わることを恐れて全力でその役割を拒絶する主人公ですが、甥っ子の面倒を見ていくうちに、少しずつ自分自身が影響を受けていきます。

ここまで読むと、「おや、なんかこれ良い話っぽいぞ」という気分になってきたのではないでしょうか。でも、忌憚なく言うと、この映画の本質はそこにはないのです。むしろ、典型的なドラマを裏切る人生のリアリティにあるのです。

考えてみてください。他人との交流や事件を経験することにより、頑なに閉ざした心をひらく人間ドラマというのは、ジャック・ニコルソン主演の名作『恋愛小説家』や定番のファミリー映画『クリスマス・キャロル』など、これまで映画では数多く描かれてきたジャンルではないでしょうか。

序盤から主人公がめんどくさい人間であることを描き、誰に対してもひどい扱いをするのだけど、ある時、偶然出会った登場人物または事件により、少しずつ自身の考え方を改めていくことで最後にはものすごく良い人になっている、というフォーマット。観ているうちに大体どれくらい時間が経過したか分かるくらいお約束です。

しかし、本作は、その定番に近いフォーマットを用いながら、いつまで経っても主人公が大きく変化する素振りを見せません。観客の期待は、この不器用そうな主人公がいつ変わるんだろうという箇所にありますが、なかなか変化しないのです。

私たちは、変わることができない

マンチェスター・バイ・ザ・シー

「え? それじゃあやっぱりしんどい映画じゃん」という声が聞こえてきそうです。敢えて言いますが、しんどい映画ですよ、本作は。でも、それには理由があるのです。劇中明らかになる主人公が心を閉ざした理由は、観客の想像を超えるものです。しかし、その理由を知ったとき、観客の中で、心をひらかない主人公という共感性のかけらもないキャラクターに対する共感が一気に高まります。それは、多くの人が自分の中に抱えた癒えない傷を隠し持っているからではないでしょうか。

渋谷の雑踏を歩いていると、たまに物陰で泣いている人を見かけます。まわりはこんなに楽しそうなのに。いや、楽しそうだからこそ、余計に悲しみがあふれ出すこともあります。そんな人にこそ、この映画を観て欲しいのです。

映画は2時間ほどで日常に夢や希望を与えてくれます。作品世界に飛び込むことで苦しい現実世界を忘れさせてくれます。しかし、それだけが映画ではありません。本作の素晴らしさは「人はそんなに簡単には変われない」という事実を描いている点です。

苦しいときに観るご都合主義的で2時間にまとめられた幸福の物語は、確かに素敵なものですが、それはある意味、落ち込んだときに連れて行かれる騒がしい飲み会のようなものです。

変わらなきゃいけないとわかってはいるけど乗り越えられないことはあるし、その痛みを抱えて生きていくこともまた、現実における真実なのではないか、と本作はさりげなく提示します。無責任な展開で刹那的な幸福感を浴びせかけるのではなく、その絶え間なく押し寄せる静かな悲しみもいつかは少しずつ癒えていくかもしれないという、人生の長い時間に託したかすかな希望を丁寧に描きます。だからこそ、何も言わずに寄り添うような本作の誠実さに、我々は深く心を打たれるのです。

本作品は、渋谷からは少し歩きますが、恵比寿ガーデンシネマ YEBISU GARDEN CINEMAでご覧いただけます。外の風が気持ちのいいこの季節、恵比寿の映画館までちょっと足をのばしてみませんか?

▼Information
『マンチェスター・バイ・ザ・シー』
http://www.manchesterbythesea.jp/
5月13日(土)シネスイッチ銀座、新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国ロードショー
▼中井圭 プロフィール
兵庫県出身。映画解説者。WOWOW「映画工房」ニコ生公式「WOWOWぷらすと」「シネマのミカタ」TOKYO FM「TOKYO FM WORLD」などに出演中。「CUT」「STUDIO VOICE」「michill」「Numero TOKYO」「観ずに死ねるか」シリーズなどで映画評を寄稿。東京国際映画祭や映画トークイベントに登壇し、映画解説を展開。面白い人に面白い映画を観てもらって作品認知度を高めるPJ「映画の天才」や物事に関心のある人を増やすPJ「偶然の学校」などを主催。

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◆映画解説者・中井圭の「今宵は渋谷で映画でも?」 vol.02未熟でイタかった「私」に出会う『スウィート17モンスター』

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