映画解説者・中井圭の「今宵は渋谷で映画でも?」vol.6 この戦争は他人事じゃない『ハクソー・リッジ』

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本コラムでは、「映画をもっと知りたくなる」をテーマに、渋谷で観ることができる作品をご紹介します。

6回目は、2017年6月24日(土)公開の映画『ハクソー・リッジ』です。本作は、TOHOシネマズ渋谷でご覧いただけます。今はまだ戦争とは無縁の渋谷のみなさんに、ぜひお届けしたい作品です。

ハクソー・リッジ(c) Cosmos Filmed Entertainment Pty Ltd 2016

信念で武器を持たなかった兵士の実話

映画史上、最も臨場感のある戦争映画のひとつとして知られるのは、スティーブン・スピルバーグ監督の『プライベート・ライアン』でしょう。

この作品は、第2次世界大戦時、4人兄弟のうち3人が戦死し、唯一生き残って今も戦い続けているライアン二等兵を救うために、トム・ハンクス演じるミラー大尉率いる8名の部隊が、危険な戦場で彼を探して連れ戻す作品です。本作は、アカデミー賞監督賞を始めとする5部門を受賞し、非常に高く評価されました。

ハクソー・リッジ(c) Cosmos Filmed Entertainment Pty Ltd 2016

今回ご紹介する『ハクソー・リッジ』も、アカデミー賞で編集賞と録音賞の2部門を受賞した戦争映画です。本作の、戦場で人を救うというモチーフは、先の『プライベート・ライアン』に似ていますが、8名の部隊で前線の一人を救いに行くのではなく、たった一人で負傷した多数の味方を救出するのです。

しかも本作の主人公デズモンドは、宗教上の理由、そして彼自身の信念として“人を殺さず救う”ため、衛生兵として護身用の武器の携帯すら頑なに拒絶して、最前線に赴きます。そして何より驚きなのは、この作品が実話を基にしていることです。

舞台は沖縄戦の壮絶すぎる戦場

ハクソー・リッジ(c) Cosmos Filmed Entertainment Pty Ltd 2016

「戦場でそんな事がありえるの? 周りの人もさすがに止めるでしょ!」と突っ込みたくなるのもごもっともで、実際、訓練中、同じ部隊の兵士や教官たちは射撃訓練ですら武器を持とうとしない彼を激しく非難し、戦わないなら軍隊を辞めるよう仕向けていきます。

しかし、彼の信念は折れることはありません。そして、導かれるように沖縄戦の中でも壮絶な戦場となった前田高地、通称“ハクソー・リッジ(のこぎり崖)”の最前線に身を投じることになるのです。

本文冒頭で『プライベート・ライアン』を例として挙げましたが、それは戦場描写の壮絶さゆえです。特に序盤のノルマンディー上陸作戦の臨場感は尋常ではありません。ビーチに上陸した兵士の半数が戦死したと言われる凄まじい戦闘。それを再現した同作冒頭は、まさにその瞬間の戦場に身をおいているかのような生々しさで、弾が飛んで来るはずもない映画館で、死と隣合わせの疑似体験に恐怖したことを思い出します。

それは、これまで描かれてきた全ての戦争映画の中でも指折りだといえますが、そんな『プライベート・ライアン』以来といえる壮絶な戦場描写に挑戦しているのが、この『ハクソー・リッジ』なのです。至近距離で爆弾が爆発し、どうにか崖を上った直後に次々と味方が銃弾に倒れていくさまを見つめるうちに、寿命が縮まるほどの緊張感に包まれます。

作品に込められた「反戦」への思い

なぜ本作がそこまで激しい描写を必要とするのかというと、この地獄のような戦場を観客に追体験させることで、デズモンドの願いと行いの崇高さを明確に伝えるためでしょう。

他人に行動をそしられようとも、どれだけ身の危険を感じようとも、デズモンドは正しいと信じた自らの信念を貫きます。たとえ人間を殺すことを是とする無慈悲な戦争であっても、彼は傷ついた人であれば敵味方すら関係なく救います。

その想いと行為は、誰もが自分のことを優先して考えざるを得ない壮絶な戦場において、強く光り輝きます。その光こそ、この一見、激しい戦争映画の中に紛れもなく反戦の志があることを示しているのです。

すべてを飲み込む戦争の恐ろしさ

ハクソー・リッジ(c) Cosmos Filmed Entertainment Pty Ltd 2016

しかし、物事はそれほど単純ではありません。アメリカの徴兵制には“良心的兵役拒否”という戦わない選択肢があります。それにも関わらず、自らの意思で戦場に身を投じたデズモンドを思わずにいられません。

それは若い男性たちが誰しも戦場に身を投じていた最中、自分だけ逃げることを拒絶したのかもしれない。あるいは、ナチスドイツなどの脅威からアメリカと民主主義を守ろうとしたのかもしれない。その行為は確かに英雄的であったかもしれないけれど、彼の純粋さも飲み込んでしまう戦争の恐ろしさをメタ的な視点で思わせる、そんな作品でもあるように感じます。

この映画は、正直、生半可な気持ちで観ることができません。

映画史に残る強烈な描写に満たされています。しかし、だからこそ目を逸らしてはいけないと思うのです。この平和な世界で、戦争とは無縁の渋谷のみなさんにこそ、戦争の恐ろしさを見つめてほしいと思います。それもまた、映画が果たすべき役割なのです。

▼Information
『ハクソー・リッジ』
http://hacksawridge.jp/
6月24日(土)TOHOシネマズ渋谷ほか全国ロードショー

▼中井圭 プロフィール
兵庫県出身。映画解説者。WOWOW「映画工房」ニコ生公式「WOWOWぷらすと」「シネマのミカタ」TOKYO FM「TOKYO FM WORLD」などに出演中。「CUT」「STUDIO VOICE」「michill」「Numero TOKYO」「観ずに死ねるか」シリーズなどで映画評を寄稿。東京国際映画祭や映画トークイベントに登壇し、映画解説を展開。面白い人に面白い映画を観てもらって作品認知度を高めるPJ「映画の天才」や物事に関心のある人を増やすPJ「偶然の学校」などを主催。

◆映画解説者・中井圭の「今宵は渋谷で映画でも?」 vol.03 人生はご都合物語ではない『マンチェスター・バイ・ザ・シー』
◆映画解説者・中井圭の「今宵は渋谷で映画でも?」vol.4 「あなたの人生」を問うSF『メッセージ』
◆映画解説者・中井圭の「今宵は渋谷で映画でも?」vol.5 「引き」の感性『20センチュリー・ウーマン』

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