映画解説者・中井圭の「今宵は渋谷で映画でも?」vol.9 「無声映画」のムードが漂う『ロスト・イン・パリ』

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本コラムでは、「映画をもっと知りたくなる」をテーマに、渋谷で観ることができる作品をご紹介します。9回目は、2017年8月5日公開の映画『ロスト・イン・パリ』です。

先日、『20センチュリー・ウーマン』をご紹介した際と同じく、またしても渋谷のみなさんが好きそうなオシャレ映画ですが、そのアプローチは大きく違います。本作は、渋谷ユーロスペースでご覧いただけます。

「無声映画」のムードが漂う映画

©Courage mon amour-Moteur s’il vous plaît-CG Cinéma

映画が無声だった頃、今以上に身体表現によってストーリーや感情が表現されていました。中でも最も有名なのは、喜劇王と呼ばれたチャールズ・チャップリンやバスター・キートンなどでしょう。

彼らは道化師的な立ち振舞いによって喜怒哀楽を表現し、今なお多くの観客たちに愛されています。その時代から時は流れて、映画には音も色もつき、表現方法も多様化する中、当時のムードとウィットを残したフランス映画が登場しました。それが『ロスト・イン・パリ』です。

パリにやってきたカナダ人女性の珍道中

©Courage mon amour-Moteur s’il vous plaît-CG Cinéma

パリに住むマーサ叔母さんの連絡を受けて、雪深いカナダの田舎からはるばるパリまでやってきた冴えない図書館司書の女性フィオナが主人公。パリに着いたものの、いなくなってしまったマーサ叔母さんを探すために、慣れないパリでフィオナは奮闘することになります。

ドジなフィオナは、パリに着いたものの全ての荷物をセーヌ川に落としてしまうなど散々な目に合うのですが、彼女が落とした荷物を拾った怪しいホームレスの男、ドムと出会います。興味を持ったドムにつきまとわれたフィオナは、それをうざったく感じつつも徐々に心境が変化していきます。

©Courage mon amour-Moteur s’il vous plaît-CG Cinéma

本作は、とにかく全てが可愛く温かい。ロケーションとしてのパリや登場するキャラクターの個性はもちろんのこと、画面の構図、小物使い、幾度か披露されるダンス、音楽にいたるまで、全てがファンタジー性を帯びているかのように、現実的な角を感じることがありません。

さらに、社会的に弱い立場の主要登場人物たちを、不幸なものとして捉えるのではなく、ユーモアを通じて見つめることで肯定的に描いているのも、本作の温かみの因子となっています。

監督兼役者は「元道化師」

©Courage mon amour-Moteur s’il vous plaît-CG Cinéma

また、冒頭でも述べたとおり、本作からは無声映画時代のムードとウィットを感じます。それは、監督を務めたフィオナ・ゴードンとドミニク・アベルの存在が大きいでしょう。

本作では、フィオナがフィオナ役を、ドミニクがドム役を演じています。彼らは映画監督になる前は道化師でした。その道化師としての振る舞いが、明確に映画の中に現れています。つまり、言葉で説明して笑わせることを回避し、動きそのものによって人間のおかしみを滲み出しているのです。そのため、フィオナとドムの掛け合いの多くが、単純な言葉のやり取りではなく、行為のやり取りによって表現されています。もし、この映画に音がついていなかったとしても、人間の想像力で作品のユーモアが補完されるのではないでしょうか。

©Courage mon amour-Moteur s’il vous plaît-CG Cinéma

現代的でリアリティのある複雑化した映像描写から距離をおくことで、本作は表現としての豊かさを獲得しているようにみえるのです。それはサイレント期に映画がまとっていたものに似ています。だからこそ、どこか懐かしく心暖まる物語として、観客の心に届くのではないでしょうか。刺激の多い世界に生きる渋谷のみなさんにも、是非、ご覧いただきホッとして頂ければと思います。

▼Information
『ロスト・イン・パリ』
http://www.senlis.co.jp/lost-in-paris/
8月5日(土)渋谷ユーロスペースほか全国順次ロードショー

▼中井圭 プロフィール
兵庫県出身。映画解説者。WOWOW「映画工房」ニコ生公式「WOWOWぷらすと」「シネマのミカタ」TOKYO FM「TOKYO FM WORLD」などに出演中。「CUT」「STUDIO VOICE」「michill」「Numero TOKYO」「観ずに死ねるか」シリーズなどで映画評を寄稿。東京国際映画祭や映画トークイベントに登壇し、映画解説を展開。面白い人に面白い映画を観てもらって作品認知度を高めるPJ「映画の天才」や物事に関心のある人を増やすPJ「偶然の学校」などを主催。

◆vol.8 絶妙な「ゆるさ」に癒される『ボン・ボヤージュ〜家族旅行は大暴走〜』
◆vol.7 あの日から続く物語『彼女の人生は間違いじゃない』
◆vol.6 この戦争は他人事じゃない『ハクソー・リッジ』

※記事の内容は公開時点の情報です。価格等の情報については変更している可能性がありますのでご了承ください。
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