映画解説者・中井圭の「今宵は渋谷で映画でも?」vol.10 ジム・ジャームッシュの「誇り」を感じる『パターソン』       

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本コラムでは、「映画をもっと知りたくなる」をテーマに、渋谷で観ることができる作品をご紹介します。10回目は、2017年8月26日(土)公開の映画『パターソン』です。渋谷の街に生きながら、ささやかな日常の意味を考えずにはいられないそこのあなたにお届けします。本作は、ヒューマントラストシネマ渋谷でご覧いただけます。

ミニシアターブームの立役者「ジム・ジャームッシュ」の最新作

パターソンPhoto by MARY CYBULSKI ©2016 Inkjet Inc. All Rights Reserved.

80年代以降のミニシアターブームを牽引した映画監督の一人が、ジム・ジャームッシュ。『ストレンジャー・ザン・パラダイス』や『ダウン・バイ・ロー』など初期作品が日本に登場した際には、これまで日本に入ってきた多くの作品とは違って、劇中、特に何も起きないのになんでこんなに惹きつけられるのかと、その独特のセンスで多くの映画ファンたちを唸らせました。

それから時代は流れて映画は派手さを増し、CG技術の発達や3D描写の普及など、それまでにはない表現方法の進歩や、社会そのものの激変に伴う、映画作家たちの視点の移り変わりがありました。

しかし、ジム・ジャームッシュは、たとえ世界が大きく変わろうとも自分のスタンスを特に変えることなく、良い意味で淡々と映画を作り続けてきました。今回ご紹介する『パターソン』は、その中でも特にジム・ジャームッシュらしい、飄々とした、それでいて揺るぎない彼の美学を感じさせる一本となっています。

詩を描きながら単調な日常を生きる男の物語

パターソンPhoto by MARY CYBULSKI ©2016 Inkjet Inc. All Rights Reserved.

舞台は、ニュージャージー州パターソン。美しくも風変わりで、いつも何かを創作している妻ローラと、ウマが合うようで合わないフレンチブルドッグのマーヴィンと暮らす、物静かなバスの運転手パターソン(土地の名前と同名)を主人公に迎え、彼の何気ない、しかし人生の趣を感じさせる1週間の生活を描きます。

もうこの設定を聞くだけで、「ああ、ジム・ジャームッシュっぽいなあ」と思う人も少なくないでしょう。さらにジャームッシュらしさを感じさせるのは、このパターソン青年が、バス運転手でありながら空いた時間を見つけては、こつこつ自作の詩をノートに書きつけている点です。特に誰かに発表するあてもないまま、詩を創作しては日々の生活を送っている。

そんな彼の姿を見つめる、感受性が強くポジティブな妻は、彼の詩の魅力に気づき、ぜひ世に出すべきだと強く迫ります。パターソン自身もどうするべきかぼんやり迷いながらも、日々、思いつくままに詩を積み重ねていくのです。

「信じる道を行く」創作に対する誇り

パターソンPhoto by MARY CYBULSKI ©2016 Inkjet Inc. All Rights Reserved.

この映画は、とにかく愛おしい。すべてのやり取りに、人生のちょっとした切なさとほろ苦さと慈愛を感じさせます。たとえば、毎夜、犬のマーヴィンの散歩に繰り出すパターソン。途中で馴染みのバーでビールを1杯飲みつつ、チェス好きのマスターと地元出身の誰をこのバーの殿堂入りにさせるかなど、実に他愛もない話をする。

他方、同じバーで知り合いのカップルが何度も別れ話をしている。そんな何気ない日々に溢れる人生の奥行きは、たとえ派手でも劇的でも主体的ですらなくても、観客の心に沁みていくのです。

パターソンPhoto by MARY CYBULSKI ©2016 Inkjet Inc. All Rights Reserved.

そして、もうひとつ、ジム・ジャームッシュらしいなと思うのは、創作に対する誇りが感じられることです。彼は一見、何も気にしていないような、飄々としたスタンスを貫きながらも常に表現にこだわってきたのです。

たとえば、近年の彼の作品で最も毛色が違うと言われたヴァンパイア映画である前作『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライブ』では、俗世間にどっぷり汚れてしまった人間たちの血が飲めない、高潔で厭世的なヴァンパイアの悲哀を描きました。

この世界がどれだけ汚されて醜いものになっていったとしても、自分は信じる道をストイックに生きていくのだという誇りを忘れない、創作者としての彼自身の宣言のようにも感じます。

その精神性は、全く違うベクトルで作られている本作においても踏襲されています。バスの運転手を続けながらもこつこつ詩を書き留めて創作活動に勤しむパターソンの日常に多少の変化があろうとも、彼自身の創作は止むことなく続きます。そのスタンスは、時代に左右されないジム・ジャームッシュの姿と重なって見えるのです。

そして、映画の終盤に登場する永瀬正敏の、極めて印象的なセリフを劇場を出た観客は口にするでしょう。それはジム・ジャームッシュが飄々とした顔で我々に届けた、ささやかだけど確かな人生の魔法の言葉なのです。

パターソンPhoto by MARY CYBULSKI ©2016 Inkjet Inc. All Rights Reserved.

▼Information
『パターソン』
http://paterson-movie.com/
8月26日(土)ヒューマントラストシネマ渋谷、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開

▼中井圭 プロフィール
兵庫県出身。映画解説者。WOWOW「映画工房」ニコ生公式「WOWOWぷらすと」「シネマのミカタ」TOKYO FM「TOKYO FM WORLD」などに出演中。「CUT」「STUDIO VOICE」「michill」「Numero TOKYO」「観ずに死ねるか」シリーズなどで映画評を寄稿。東京国際映画祭や映画トークイベントに登壇し、映画解説を展開。面白い人に面白い映画を観てもらって作品認知度を高めるPJ「映画の天才」や物事に関心のある人を増やすPJ「偶然の学校」などを主催。

◆vol.9 「無声映画」のムードが漂う『ロスト・イン・パリ』
◆vol.8 絶妙な「ゆるさ」に癒される『ボン・ボヤージュ〜家族旅行は大暴走〜』
◆vol.7 あの日から続く物語『彼女の人生は間違いじゃない』

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