映画解説者・中井圭の「今宵は渋谷で映画でも?」vol.11 ノーラン初の戦争巨編『ダンケルク』

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

本コラムでは、「映画をもっと知りたくなる」をテーマに、渋谷で観ることができる作品をご紹介します。11回目は、2017年9月9日(土)公開の映画『ダンケルク』です。渋谷に集う、戦争を知らないすべての人に見ていただきたい作品です。本作は、TOHOシネマズ渋谷でご覧いただけます。

現代の「新巨匠」クリストファー・ノーランの最新作

ダンケルク©2017 Warner Bros. All Rights Reserved.

2001年の冬、映画『メメント』を今はなき渋谷のシネクイントで観た時、「とんでもない映画を観てしまった」という気持ちになったのを今でも覚えています。妻を殺した犯人から頭部を強打されて脳を損傷。10分しか記憶を持てなくなった主人公が、忘れてはいけない情報を自らの身体にタトゥで刻み入れ犯人を捜すという、観たこともない逆回転サスペンス映画でした。

発想のユニークさや手の込んだ時間軸の扱いなど、相当理屈っぽい、しかし明らかに本物感を滲ませたこの作家は一体誰なのかと調べると、クリストファー・ノーランという若いイギリス人監督にたどり着きました。

それから10数年。彼は『ダークナイト』や『インターステラー』などを経て、気がつけば世界の巨匠にまで上り詰めていました。本作はそんなノーラン監督の初となる、史実に基づいた戦争映画です。

第2次世界大戦の奇跡的な脱出作戦

ダンケルク©2017 Warner Bros. All Rights Reserved.

第2次世界大戦時の1940年。ドイツ軍の侵略と電撃作戦により、イギリス・フランス連合軍40万人はフランス北部の港町ダンケルクに追い詰められます。彼らを包囲するドイツ軍の数は倍以上。もはや戦死か捕虜しか選択肢がない状況下で、奇跡とも言うべき脱出作戦により33万人もの兵士が戦場を離脱した実話を描きます。

絶対不可能な撤退作戦が成功したのは、イギリスの軍艦だけではなく、ドーバー海峡を渡ったおよそ900隻にものぼるイギリスからの民間船舶による人員輸送があったから。この大規模な撤退作戦によって多数の兵士を救うことができた結果、後のノルマンディ上陸作戦の決行へと繋がっていくことになるのです。

史実を超一級のサスペンスに仕上げるノーランの力量

ダンケルク©2017 Warner Bros. All Rights Reserved.

まず、クリストファー・ノーランが史実を撮ったということに驚きを感じました。史実は結論が見えています。それをノーランの真骨頂でもある、緻密な構成力や時制に手を加える工夫などでいかにして魅せるのかが興味深かったからです。

結論からいえば、本作でノーランはこれまでの作風を踏襲しつつ、結論が見えているはずの史実を一寸先が読めないほどにスリリングなサスペンスに仕上げるという離れ業をやってのけました。

まず本作で彼は、史実を陸海空それぞれ3つの視点に分解し、陸は1週間、海は1日、空は1時間というタイムスパンを2時間弱の作品内で交錯させるという手法を用います。これによって、観客は何がどのように絡み合い転がっていくのかまったく読めなくなり、緊張感あふれる作品のなかに引きずり込まれていきます。

さらに、本作は戦争映画としては視点が大局的ではなく、それぞれの登場人物の目線にあわせているのも特長的。大きな戦場の中にありながらも個人的かつ局所的な視点を重ねて描くことで、作品のテーマが戦闘による「勝利」ではなく、個々人の「生還」であることを伝えていくのです。

「本物」への異様な執着心

撮影についても、ノーランの本物志向が従来以上に加速しているのを感じます。

これまでにも彼は『ダークナイト』で走行する大型トレーラーを大胆にひっくり返し、『インセプション』では回転する世界を表現するために回転する廊下のセットを組み、そこで俳優を演じさせるという冗談みたいな撮影を本当に行ってきました。彼はいつも作品のなかで「本物でなければ映画ではない」という映画哲学を貫くのです。

本作でもその哲学はまったくぶれません。イギリス軍の戦闘機スピットファイア2機、駆逐艦を1隻借り、ドイツ軍戦闘機メッサーシュミットは別の戦闘機をそっくりに改造したものを使うなど、どこまでも本物にこだわります。まさにノーランイズムが前面に押し出されているのです。

ダンケルク©2017 Warner Bros. All Rights Reserved.

しかも、そのほとんどをIMAX撮影または65ミリでフィルム撮影するという(時には戦闘機の翼にまでIMAXカメラを取り付けるなど!)、もはや異様としか言いようのないアナログかつ愚直なスタイルへの執着心を発揮しています。

かつて、スティーブン・スピルバーグ監督が戦争映画の傑作『プライベート・ライアン』で、雨のように降り注ぐ弾丸が主観者の真横をかすめるノルマンディ上陸作戦を再現し、映画館にいる観客を戦場に送り込みました。

それに対してノーランは、本作で実際の戦闘機や駆逐艦を使い現地でロケをするなどの徹底した本物志向に加え、IMAX撮影の特性である巨大で包み込むような画面サイズにより、眼前に絶体絶命のダンケルクにいる状況を再現。観客に戦場を追体験させ、極限の臨場感を獲得しました。

これは『プライベート・ライアン』以降、臨場感へのアプローチという点で類似作はあれども、決して更新されることのなかった戦争映画の歴史が、本作の登場でついに新たな一歩を踏み出したといえるでしょう。

大切なものを守るために人は立ち上がる

ダンケルク©2017 Warner Bros. All Rights Reserved.

敵を倒すための戦いではなく、命を守るための撤退戦を描いた本作は、それが後に行われるノルマンディ上陸作戦の成否を分ける行為だったという歴史的意味合いだけを伝えるものではありません、

人が立ち上がる理由は、他人の権利を侵害するのではなく、大切なものを守るためである。それこそが奇跡を呼び込むのだと歴史が証明した事件がダンケルクであり、それをノーランは伝えようとしている。だからこれは、単なる戦争映画ではないのです。

そして、さらに重要なことに、大切なものを守る戦いでも無関係の若者が犠牲になっていくエピソードを差し込んだ彼の意図もあわせて心に焼き付けて欲しい。もはや戦後ではなく、戦前のムードを醸し出してきた現代だからこそ、この作戦が今描かれる意味を考えなければいけないでしょう。本作を通じて、渋谷を闊歩する若者たちにこそ改めて命の重み、戦争の恐ろしさを捉えなおして欲しいのです。

▼Information
『ダンケルク』
http://dunkirk.jp
9月9日(土)全国公開

▼中井圭 プロフィール
兵庫県出身。映画解説者。WOWOW「映画工房」ニコ生公式「WOWOWぷらすと」「シネマのミカタ」TOKYO FM「TOKYO FM WORLD」などに出演中。「CUT」「STUDIO VOICE」「michill」「Numero TOKYO」「観ずに死ねるか」シリーズなどで映画評を寄稿。東京国際映画祭や映画トークイベントに登壇し、映画解説を展開。面白い人に面白い映画を観てもらって作品認知度を高めるPJ「映画の天才」や物事に関心のある人を増やすPJ「偶然の学校」などを主催。

◆映画解説者・中井圭の「今宵は渋谷で映画でも?」vol.10 ジム・ジャームッシュの「誇り」を感じる『パターソン』
◆vol.9 「無声映画」のムードが漂う『ロスト・イン・パリ』
◆vol.8 絶妙な「ゆるさ」に癒される『ボン・ボヤージュ〜家族旅行は大暴走〜』

※記事の内容は公開時点の情報です。価格等の情報については変更している可能性がありますのでご了承ください。
  • このエントリーをはてなブックマークに追加