映画解説者・中井圭の「今宵は渋谷で映画でも?」vol.12命の連鎖を静かに見つめる『あさがくるまえに』

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本コラムでは、「映画をもっと知りたくなる」をテーマに、渋谷で観ることができる作品をご紹介します。12回目は、2017年9月16日(土)公開の映画『あさがくるまえに』です。渋谷で今まさに充実した毎日を送っているあなたにこそお届けします。本作は、ヒューマントラストシネマ渋谷でご覧いただけます。

突然の事故で脳死状態になった青年

あさがくるまえに©Les Films Pelléas, Les Films du Bélier, Films Distribution / ReallyLikeFilms

現在、若手の映画作家たちが世界中で台頭しています。

たとえばカナダのグザヴィエ・ドラン(『わたしはロランス』『マミー』)、フランスのミア・ハンセン=ラブ(『EDEN』『未来よ こんにちは』)など、独特の視点を持った映画作家たちが才能を競い合うかのように次々と優れた作品を生み出し、映画界の勢力図が変わり始めています。

そしてもうひとり、注目すべき映画作家がフランスから登場しました。それがカテル・キレヴェレです。彼女の新作『あさがくるまえに』がいよいよ渋谷で公開になります。

本作は、サーフィン帰りの事故で脳死状態になったひとりの青年をめぐる、ある一日の人間ドラマです。事故で脳を大きく損傷し脳死状態となってしまった青年を中心に、彼の両親、臓器移植を担当する医師、そして移植を待つ患者家族など、周囲におかれたそれぞれの人々の心情、事実の受容、そしてわずかな心の再生を描いています。

あさがくるまえに©Les Films Pelléas, Les Films du Bélier, Films Distribution / ReallyLikeFilms

死と生の交錯を静かに見つめる

あさがくるまえに©Les Films Pelléas, Les Films du Bélier, Films Distribution / ReallyLikeFilms

映画が病や死を受け入れるか否かというドラマを描くとき、本人および家族のエモーショナルな描写になることが多いのですが、本作がまず特別なのは、もちろん感情の発露はあるものの落ち着いたタッチで、より広範な人々を繊細に描いている点でしょう。

息子の脳死を告げられて臓器移植を打診された彼の両親の心の動きに大きな起伏がありますが、そのわかりやすい感情に終止するよくあるドラマにはとどまりません。事故にあった青年とガールフレンドとの出会いや、脳死判定をした医師たちのやりとり、心臓に問題を抱えてドナーを待つ女性音楽家とその子供たち、さらには彼女のかつての恋人関係に至るまで、説明を排しつつ、そこに確かにある感情を静かに描いています。

そしてもうひとつ、ある死と生の交錯を繊細かつ俯瞰的に捉えて登場人物たちの心に寄り添いつつも、命の連鎖とその余波そのものを静かに見つめるアプローチも特別で、直接的に声高に感情を叫ぶよりも、観客がその行間を能動的に捉えにいくことで、より深く心に沁み入ります。

人間の儚い「命」を考える

あさがくるまえに©Les Films Pelléas, Les Films du Bélier, Films Distribution / ReallyLikeFilms

カテル・キレヴェレ監督の才能の片鱗は、本作の繊細な画面や静かな世界観の中に差し込んだいくつもの印象的なシーンに見出すことができます。例えば、青年の臓器移植の際、彼の命が終わる瞬間にみせる医師のある行為は、命に対する敬意や医師である前にひとりの人間としての優しさを、押し付けがましくなく、はっきりと浮かび上がらせます。

そして、本作のラストショットでは、差し込む光のほのかな力強さとその光に照らされたある人物の表情に、観客が抱えたいくつもの感情を浄化させ心の再生に繋げていく、映画の優しくも力強い意思を感じます。

人生に不意に訪れる苦しみを受容していく人々の心情を描くこの物語。いつ途切れるかもしれない命の儚さと、それでも続いていく毎日の大切さを、みなさんも改めて感じるのではないでしょうか。

あさがくるまえに©Les Films Pelléas, Les Films du Bélier, Films Distribution / ReallyLikeFilms

▼Information
『あさがくるまえに』
https://www.reallylikefilms.com/asakuru
9月16日(土)ヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて、全国縦断ロードショー

▼中井圭 プロフィール
兵庫県出身。映画解説者。WOWOW「映画工房」ニコ生公式「WOWOWぷらすと」「シネマのミカタ」TOKYO FM「TOKYO FM WORLD」などに出演中。「CUT」「STUDIO VOICE」「michill」「Numero TOKYO」「観ずに死ねるか」シリーズなどで映画評を寄稿。東京国際映画祭や映画トークイベントに登壇し、映画解説を展開。面白い人に面白い映画を観てもらって作品認知度を高めるプロジェクト「映画の天才」や物事に関心のある人を増やす「偶然の学校」などを主催。

◆vol.10 ジム・ジャームッシュの「誇り」を感じる『パターソン』
◆vol.9 「無声映画」のムードが漂う『ロスト・イン・パリ』
◆vol.8 絶妙な「ゆるさ」に癒される『ボン・ボヤージュ〜家族旅行は大暴走〜』

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