映画解説者・中井圭の「今宵は渋谷で映画でも?」vol.13 実に“人間臭い”恋愛映画『ナラタージュ』

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本コラムでは、「映画をもっと知りたくなる」をテーマに、渋谷で観ることができる作品をご紹介します。13回目は、2017年10月7日(土)公開の映画『ナラタージュ』です。一生に一度の恋を経験したいと考える渋谷のあなたにお届けします。本作は、TOHOシネマズ渋谷でご覧いただけます。

恋愛は、汚れているから美しい

ナラタージュ©「ナラタージュ」製作委員会

思えば、「セカチュー」という言葉が世の中を席巻したのは2004年でした。片山恭一さんの恋愛小説「世界の中心で、愛をさけぶ」に、若き長澤まさみさんと森山未來さんを主演に迎えて、かつては「東京ラブストーリー」、最近であれば「カルテット」で知られる坂元裕二さんによる脚本で描かれた同作は、興行成績85億円を超える大ヒットを記録して、社会現象となりました。

この日本映画におけるメガヒットラブストーリーを皮切りに、その後、多くの恋愛映画が輩出されることになります。そんな同作のメガホンをとったのが、行定勲監督。『ひまわり』『贅沢な骨』などのインディーズ作品を手がけ、骨太でありつつ瑞々しい快作『GO』が評論家や映画ファンたちの間で大きな評判を呼ぶなど、日本を代表する監督の一人として認識されています。

ちなみに行定監督の『きょうのできごと a day on the planet』は、筆者が毎年一度は観直すほど好きな映画として、今も心に焼き付いています。そんな、青春映画から大人の心情まで幅広く緻密に描き、『世界の中心で、愛をさけぶ』で名実共に人生を動かすラブストーリーの名手となった行定監督の新作が、この『ナラタージュ』です。

ナラタージュ©「ナラタージュ」製作委員会

本作は小説家の島本理生さんが2005年、20歳の頃に上梓した同名恋愛小説を、行定監督が映画化したものです。人には言えない秘密を抱えて沈殿した心を内側に抱えた高校教師の青年と、その彼に孤独を救われて恋をした女子高生。叶うことのない禁断の想いをそれぞれ抱えつつも年月が流れて再び相対することで、どうにか押し込めた気持ちが再燃していく様を描きます。

気持ちだけではどうにもならない恋愛の不条理さ。好きだという感情を抱えたふたりに漂う言い表せない想い。執着心に囚われた人間の醜さ。それらの複雑な感情を見事に表現していたこの作品は、本屋大賞でも上位となり、山本周五郎賞の候補に選ばれるなど、高い評価を受けました。

近年の単純な恋愛ものとは一線を画した原作。それを映画化するにあたり、行定監督は正しいアプローチを取ったように思います。それは、一生忘れられない、人の心に侵食してトラウマになってしまうほどの恋愛は、汚れているから美しい、という視点を持ち込んだことでしょう。

ナラタージュ©「ナラタージュ」製作委員会

その視点は、本作の意外なキャスティングとその役に対する行定監督の演出にあらわれています。まず、穏やかで優しくも心の奥に深い鈍色を湛えた高校教師、葉山に松本潤さんをキャスティングした点で顕著です。

この葉山という役は、松本さんのこれまでの役どころやパブリックイメージからは大きく離れた場所にいて、特に松本さん持ち前の眼力は、本作ではあえて抑えられています。過去に沈み人生に蓋をした人物を松本さんが演じる。それによって、彼が本来持つ心の奥底に秘めた感情の強さを瞬間的に引き出そうとするのです。これは役者としての松本潤の新しい面を引き出しているともいえるでしょう。非常に効果的な演出です。

このキャスティングの意外性は、有村架純さんも同様です。有村さんが演じた工藤泉という役は、一生に一度の、決して消えない恋を心に宿した若い女性で、彼女もまた、外見は落ち着いた印象を与えるのに、内面に抑えきれない思慕の念を抱えているという深みのあるキャラクターです。

静かながらも何年も想いを抱えて衝動に突き動かされ、こじれにこじれてまさかの土下座までみせる今回の役は、有村さんの新境地を拓いたといえるでしょう。個人的には、有村さんは底抜けに楽しい明るい役よりも、むしろこういう影を抱えた役がより生きる役者だと感じます。

加えて、坂口健太郎さん演じる小野もまた、坂口さんのイメージ幅を超えた役です。爽やかで靴作りにまい進する一見素敵な好青年でありながら、泉に恋をした結果、葉山に対する嫉妬に駆られて気持ちが暴走する小野は、人間の嫌な部分でありつつも誰しもが抱えて否定できない根源的な感情を体現しています。

その生々しさは、自分の内側から不意に顔を出す闇を突きつけられたような、思わず目を背けたくなる醜さです。頭の中にあるだけの恋愛の綺麗ごとではなく、本当の恋愛が持つ人間臭さそのものだと感じます。

ナラタージュ©「ナラタージュ」製作委員会

本作はこれらいくつもの意外性をはらんだキャスティングと、人間の内側にある汚れを感じさせる演出によって、役者それぞれの可能性を引き出すと同時に、観客には自分たちの経験した恋愛の痛みや疼きを提示し、作品の完成度を高めることに成功しています。

物語そのものが作品を牽引するのは当然として、そこに生きる人をどう描くかは、行定監督がこれまでも重視してきた要素です。その視点において、本作は、どうにもならないけれども懸命に生きている人々を活写しています。

本作は、重要な場面で何度も雨が降っています。本当の恋を描くとき、綺麗なものだけでは表現することができない。そんな感情に紐づいて雨は降るのでしょう。そして、本作のラストでは、雨はそんな想いも受け止めてすべてを洗い流していくことを示唆するのです。

ピュアだった『世界の中心で、愛をさけぶ』から13年の年月を経て、行定監督が新たに描いたラブストーリーは大人の深みを増し、人間の清濁を併せ呑みつつ、それでも前へ進んでいく、観客の恋愛の見方が問われる作品へと進化しています。

ナラタージュ©「ナラタージュ」製作委員会

▼Information
『ナラタージュ』
http://www.narratage.com/
10月7日(土)TOHOシネマズ渋谷ほか全国ロードショー
©「ナラタージュ」製作委員会

▼中井圭 プロフィール
兵庫県出身。映画解説者。WOWOW「映画工房」ニコ生公式「WOWOWぷらすと」「シネマのミカタ」TOKYO FM「TOKYO FM WORLD」などに出演中。「CUT」「STUDIO VOICE」「michill」「Numero TOKYO」「観ずに死ねるか」シリーズなどで映画評を寄稿。東京国際映画祭や映画トークイベントに登壇し、映画解説を展開。面白い人に面白い映画を観てもらって作品認知度を高めるプロジェクト「映画の天才」や物事に関心のある人を増やすPJ「偶然の学校」などを主催。

◆vol.12命の連鎖を静かに見つめる『あさがくるまえに』
◆vol.10 ジム・ジャームッシュの「誇り」を感じる『パターソン』
◆vol.9 「無声映画」のムードが漂う『ロスト・イン・パリ』

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