【抽象画をカレーで学ぶ】知られざるスイスの画家オットー・ネーベルとは〈前編〉

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10月7日から渋谷のBunkamuraザ・ミュージアムにて展覧会「オットー・ネーベル展 シャガール、カンディンスキー、クレーの時代」が始まりました。

オットー・ネーベル展 シャガール、カンディンスキー、クレーの時代

20世紀初頭からドイツ・スイスを中心に活動した前衛芸術家のオットー・ネーベル。
大変申し訳ないことに、タイトルの通り、筆者の私もこの芸術家のことを知りませんでした。そして作品を見てみると抽象画の多いこと!

オットー・ネーベル展 シャガール、カンディンスキー、クレーの時代オットー・ネーベル《輝く黄色の出来事》1937年、油彩・キャンヴァス、オットー・ネーベル財団

普段よりアート好きを語る私ですが、実は抽象画は「よくわからない」という理由で、できるだけ言及を避けてきていました。しまった。

しかし展覧会で改めて作品と向き合ってみると、抽象画の鑑賞法がなんとも簡単なことに気付きます。
それとは「見たまま、その絵画から感じた心の気持ちよさを受け止める」こと。

ちょっとわかりにくいかもしれませんね。
そこでオットー・ネーベルの展覧会を通して、抽象画について前編・後編でお話したいと思います。

■抽象画はカレーのようにトータルバランスで味わう

抽象画にはなにが描かれているのでしょうか。
レオナルド・ダ・ヴィンチの《モナリザ》なら女性、ゴッホの《ひまわり》なら花と答えられますが、抽象画に描かれているものを断定するのは困難です。

しいて言えば「色と形」。そこからどう心の気持ちよさを感じれとればいいのでしょうか。

オットー・ネーベル展 シャガール、カンディンスキー、クレーの時代左から)
オットー・ネーベル《赤く鳴り響く》1935年、1945年、油彩・キャンヴァス、オットー・ネーベル財団
オットー・ネーベル《持続的に》1950年、水彩、グアッシュ、金銀箔・紙、オットー・ネーベル財団
オットー・ネーベル《幸福感》1950年、水彩、グアッシュ、金箔・厚紙、オットー・ネーベル財団
オットー・ネーベル《自らの内に浮揚して》1947年、グアッシュ・紙、オットー・ネーベル財団
オットー・ネーベル《ネープルズイエローが外をまわる》1940年、テンペラ・紙、オットー・ネーベル財団

少し話を変えてみましょう。
突然ですが、みなさん、食べ物の「カレー」は好きですか?
スパイス入りの小麦粉のルーに野菜や肉が混ざって、白米にかかっているカレー。

口に入れたとき、具材の噛み応えとルーのどろっと感をそれぞれ意識することはありませんが、食べたものをカレーとして認識し、子どもから老人まで「美味しい」と感じて笑顔になりますよね。

これが宇宙食のような液体だったらどうでしょう。香りも味もカレーだけど、なんか違う。
はたまた、すべての材料が個別に用意されていて、それをひとつひとつ口の中に入れて、カレーを味わってくださいと言われても難しい。

専門分野ではないのであまり詳しいことは語れませんが、人間は独立して存在するものが合わさったとき、それぞれの相互関係を捉えて、ひとつのものとして知覚することができます。そしてそこに感情や感動を覚えるのです。

食事で言えば「食べ合わせ」や「食べ応え」によって生まれる「美味」という感動。音楽では「和音」「不協和音」、今読んでいる文字が連なった「文章」からも様々な情感が得られます。

では絵画では? 次のネーベルの作品で考えてみます。

オットー・ネーベル展 シャガール、カンディンスキー、クレーの時代オットー・ネーベル《ドッピオ・モヴィメント(二倍の速さで)》1936年、ラッカー塗料・紙、オットー・ネーベル財団

緑の背景に、内部で分割された楕円が、直線でつながれています。カレーでいえば白米の上のルーです。そして具材のように、様々な色や形の円がその上に散らばっています。

この作品を見るとき、おそらく視線は一つの円に集中することなく、画面のあちこちを行き来すると思います。
私個人の鑑賞体験で話すと、ゴムボールが飛んだり跳ねたりする円と鮮やかな色彩を目で追う内に、自分の中に軽快なリズムが響き、なんとなく絵画に「楽しさ」を見出しました。

種明かしをすると、この作品はネーベルが実験的に描いた「音楽を感じさせる絵画」のひとつ。v私は、その解説にヒントを得て勝手に絵画の相互関係性(ここではリズム)を想像することで、絵画上の素材を余すことなく味わうことができました。
その満足感は、まさにカレーを口いっぱいに頬張ったときと一緒です。

■色の魅力を存分に味わう ネーベルの色彩地図帳

ネーベルの絵画作品の魅力に、構成以外にも「色彩」の面白さがあります。特に私が惹かれたのは、イタリアで作成された『カラーアトラス(色彩地図帳)』です。

オットー・ネーベル展 シャガール、カンディンスキー、クレーの時代オットー・ネーベル《ナポリ》『イタリアのカラーアトラス(色彩地図帳)』より、1931年、インク、グアッシュ・紙、オットー・ネーベル財団

『カラーアトラス(色彩地図帳)』は、元々画家がイタリアに訪れた際に、各都市の色彩の印象をスケッチのように描き留め記録した実験帳。ネーベルはその後イタリアを何度も訪れ、風景の中で捉えた光と色彩の体験を採集していきました。

色彩論などで語られるように、色は人の認識に影響を及ぼします。例えば、赤は興奮、青は沈静の効果を持ち、黄色と黒の組み合わせは「危険」を示すために日本では踏切に用いられています。しかしネーベルは、色彩は「人間の内面にあるものを外に映し出して捉えるもの」という逆ベクトルの主張をしていました。

そのため、ネーベルの内面をより濃く映し出したと考えられる色ほど、カラーアトラスには大きな面積で描かれています。また、色は単体ではなく、隣り合った色の関係性をも重視されました。

オットー・ネーベル展 シャガール、カンディンスキー、クレーの時代オットー・ネーベル《ポンペイ》『イタリアのカラーアトラス(色彩地図帳)』より、1931年、インク、グアッシュ・紙、オットー・ネーベル財団

上作品の画面左側に描かれた平行線は、ポンペイ島の海岸でしょうか。太陽に照らされて輝く砂浜のようなベージュ、波か空か、数種類の青色が各層に分けられて塗られています。

このたった4つの色分けを見るだけで、海を連想してしまいます。どこかの海が描かれているわけではないのに、いくつかの色の関係性から、潮風が恋しくなるのは、おそらく鑑賞者の内側に残った季節の楽しい思い出のせいでしょう。

このように抽象画でも「色と形」から、鑑賞者は自分の中にある記憶を呼び覚まして、なにかを感じ取ることができます。ただ「よくわからない」と駄々をこねていた自分を説教したいほどの、もったいない体験です。

オットー・ネーベル展 シャガール、カンディンスキー、クレーの時代左から)
オットー・ネーベル《煉瓦の大聖堂》1934年、1947年、油彩・キャンヴァス、オットー・ネーベル財団
オットー・ネーベル《青い広間》1930年、1941年、樹脂絵の具・白亜地、キャンヴァス、オットー・ネーベル財団
オットー・ネーベル《高い壁龕》1930年、1941-42年、樹脂絵の具・白亜地、キャンヴァス、オットー・ネーベル財団

もしかしたら中には、どんなに絵画に向き合ってもなにも見いだせない作品もあるかもしれません。それはおそらくまだ自分の中に、紐づくような心の体験や記憶がないからだと思います。しかしそれを悲観するのはもってのほかです。

先ほどのカレーで例えると、新しいカレー屋を開拓したときに、必ずしも目の前にあるカレーが記憶にある味と合致するわけではありません。しかし経験がない味ほど、口に頬張ったときの新鮮さに心が満たされます。

なんだかわからない作品を前にしたときこそ、自分がどのような色を美しく、もしくは気持ちよく感じるのか、心に問いかけてみてください。すっと穏やかになるものを見つけられたとき、きっと作品に心が真正面から向かい合っています。

次回の後編では、オットー・ネーベルがなぜこのような抽象画の手法を取ったのかを、少しだけ美術史に踏み込んでお話したいと思います。カレーの話も続きます。

【開催概要】
開催期間:2017/10/7(土)-12/17(日)
*10/17(火)、11/14(火)のみ休館
開館時間:
10:00-18:00(入館は17:30まで)
毎週金・土曜日は21:00まで(入館は20:30まで)
会場:Bunkamura ザ・ミュージアム(東京都渋谷区道玄坂2-24-1)
URL:http://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/17_nebel/

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