【抽象画をカレーで学ぶ】知られざるスイスの画家オットー・ネーベルとは〈後編〉        

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

オットー・ネーベル展 シャガール、カンディンスキー、クレーの時代

10月7日から渋谷のBunkamuraザ・ミュージアムにて開催されている展覧会「オットー・ネーベル展 シャガール、カンディンスキー、クレーの時代」。

抽象画を見るためには日本の国民食・カレーで例えるのが一番!と豪語した前編から、今回は少しだけ美術史に踏み込み、オットー・ネーベルの魅力について語りたいと思います。

■面倒とも思えるような細かな手法で表現した色彩

ネーベルの作品の面白さは、大胆に見える構図に隠れた緻密さです。近くで作品を見てみると、ミリ単位の色の点で画面が埋め尽くされ、更にその点が一色ずつ地層のように重なっていることがわかります。

この狂気的なまでの細かさはネーベル作品のオリジナリティですが、それはあくまでも彼が色彩を表現するために選んだ手法です。
彼が色彩に魅了されていた様子は、同時代の画家、フランツ・マルクやマルク・シャガールに憧れていた画家初期の作品からも容易に想像できます。

オットー・ネーベル展 シャガール、カンディンスキー、クレーの時代オットー・ネーベル《アスコーナ・ロンコ》1927年、水彩、グアッシュ・紙、厚紙に貼付、ベルン美術館

おとぎ話のような夢想的な画面に、複雑に色が絡み合っていますね。

彼は絵画的実験を繰り返して、この手法にたどり着きましたが、なぜこのような面倒とも思える手法を選んだのでしょうか。それを探るために、少しだけ美術史に触れたいと思います。

■モチーフを捨てて、自分の中の想像力を磨く20世紀絵画

ネーベルが画家として活動を始めた1920年代、拠点としていたドイツ・ワイマールに芸術学校「バウハウス」が設立されました。産業革命後、工業化による粗悪品の蔓延に対し、工芸産業に芸術的観点を取り入れ、余計な装飾や形を削ぎ落とした合理主義、機能主義的な芸術活動が起こったのです。

その中で芸術家がどのように自分を表現していくのか。バウハウスの教育実践では以下の3つを掲げました。

それとは、芸術的慣習である「模倣」「再現」「物語性」から個を解放、素材の性質と制作活動の諸原理への理解、内なる創造力を呼び覚ますことです。日本教育の美術や図工の時間では、風景や半身像を模写、再現する写生が基本のため、なかなか納得できないかもしれません。

オットー・ネーベル展 シャガール、カンディンスキー、クレーの時代左から)
オットー・ネーベル《地中海から(南国)》1935年、水彩・紙、厚紙に貼付、オットー・ネーベル財団
オットー・ネーベル《トスカーナの町》1932年、グアッシュ・紙、オットー・ネーベル財団
オットー・ネーベル《シエナ Ⅲ》1932年、グアッシュ・紙、オットー・ネーベル財団
オットー・ネーベル《カモーリⅠ》1931年、グアッシュ・紙、オットー・ネーベル財団
オットー・ネーベル《エジプト風に Ⅰ》1935年、水彩、ミクストメディア・手書き紙、オットー・ネーベル財団
オットー・ネーベル《灰色の廃虚》1934年、油彩・厚紙、オットー・ネーベル財団

みなさんの大好きなカレーで例えてみましょう。カレーをつくるときは、既存のレシピに頼らず、具材がどういうものか、どのように処理・調理をすれば美味しくなるかを知り、自分が食べたいと思う味を思い起こすようにしなさいと、バウハウスは説いていたのです。日曜料理人は心が折れるような高い要求です。

ネーベルは実はバウハウスと直接関係はありませんが、同時代、同地域で生活し、バウハウスで教鞭を取っていた先輩画家のパウル・クレーとワシリー・カンディンスキーと親交を重ねていたため、影響を受けずにはいられなかったのでしょう。

特にひとつめの、人物画や風景画など存在するものを描き出すような古い絵画的「慣習からの開放」は、20世紀絵画の特徴のひとつとして挙げられ、多くの画家が「非対象(=モチーフを定めないこと)」を目指しました。

■クレーとカンディンスキーの絵を芸術に仕上げたのは音楽

オットー・ネーベル展 シャガール、カンディンスキー、クレーの時代オットー・ネーベル《聖母の月とともに》1931年、グアッシュ・紙、ベルン美術館

ネーベルは風景や人などモチーフから離れていく中で、音楽教育家ゲルトルート・グルノウの「感性調和論」の知見を得ます。「感性調和論」とは、感覚器官を研ぎ澄まして、色彩(視覚)と音楽(聴覚)の響き合いを探るもので、たとえばドの音に黄色を感じるような「共感覚」を呼び覚ますことに重きを置いていました。

パウル・クレーやワシリー・カンディンスキーも同じく、自分たちの作品を芸術たらしめるために、音楽の感性を絵画に持ち込みます。目の前にある対象を描くのではなく、人の内側にある体験(非対象)を絵画に写しだすとき、無秩序に絵の具をキャンヴァスに載せるのでは、子どもの落書きと同じです。

視覚ではない、別の感性、つまりリズム、時間、強弱、響き合い(和音)を描くときの法則として持ち込むことで、新しい芸術性を担おうとしたのです。

オットー・ネーベル展 シャガール、カンディンスキー、クレーの時代左から)
オットー・ネーベル《青い動き》1940年、テンペラ・紙、オットー・ネーベル財団
オットー・ネーベル《かなり楽しく》1940年、テンペラ・紙、オットー・ネーベル財団
オットー・ネーベル《浮き上がるように》1940年、テンペラ・紙、オットー・ネーベル財団

ネーベルは音楽的感性によって、「なんとなくこの色をのせよう」という直観ではなく、「この色を載せたら他の色が沈んで見える、明るく見える」など色同士の関係性を捉えながら、少しずつ画面を構成していきました。あの細かすぎる点描の始まりです。

■細かな点はカレーのスパイスみたい 微調整を重ねてインパクトをつくる

絵具の量、点描の密度、色同士の調和性など、画面上の調整は多角的に行われます。色の関係性においては、平面上のヨコのつながりだけでなく、色と色が重なったタテの連動性も意識しなければいけません。あまりに複雑ですが、ここで役立ったのが前編で話した『カラーアトラス(色彩地図帳)』で見出した色の響き合いです。

オットー・ネーベル展 シャガール、カンディンスキー、クレーの時代《ナポリ》『イタリアのカラーアトラス(色彩地図帳)』より、1931年、インク、グアッシュ・紙、オットー・ネーベル財団

さながらレストランのシェフがとっておきのカレーを理想の味に近づけるために、多種多様のスパイスを入れる量とタイミングの微調整を繰り返して試行錯誤する姿のようです。香りに空腹を刺激されていた客席は、そのスパイス加減によってスプーン一杯分からでも生まれる、口の中ではじけるような旨みと、余韻に浸る後味の違いに驚かされ、無我夢中で頬張ることでしょう。

同じようにネーベルの作品は、近くで見たときの複雑且つ繊細さを知った上で、それらが織りなすインパクトある画面を、遠くから見ると高揚感を覚えます。
一枚の絵画では、ある部分は透けたように見え、ある部分は主張するように絵具が厚く塗られていて、それが空間的に調和している。一枚の絵にどれだけ思考を凝らしたのだろうと考えると胃がキリキリします。

■オットー・ネーベルの絵画に心地よさを感じる理由

制作過程を想像すると「絶対真似できないな」と思うほどの技巧的なネーベルの作品ですが、不思議と心地よさを感じるのはなぜなのでしょうか。

ひとつは画面の構成が「音楽的」という点が考えられます。「音」というとオーケストラの壮大な演奏から木魚を叩く単調な音まで幅広くありますが、もっと原始的なものを想像してみてください。

オットー・ネーベル展 シャガール、カンディンスキー、クレーの時代左から)
オットー・ネーベル《啓示されたもの》1959年、グアッシュ、金箔・紙、オットー・ネーベル財団
オットー・ネーベル《急がない》1959年、ジステンパー、グアッシュ、金箔・紙、オットー・ネーベル財団
オットー・ネーベル《動きと休息(平安)》1968年、グアッシュ、カラーチョーク・紙、厚紙に貼付、オットー・ネーベル財団
オットー・ネーベル《黄色い知らせ(Ⅰ)》1951年、色鉛筆、ラッカー塗料・下準備した厚紙、金の厚紙の枠、オットー・ネーベル財団
オットー・ネーベル《間隙礼賛》1924年、1970年、グアッシュ、スプレー、微量の金属・リノカットを印刷した紙、厚紙に貼付、オットー・ネーベル財団
オットー・ネーベル《青い道連れ》1969年、グアッシュ、ミクストメディア・厚紙、オットー・ネーベル財団

リズム音痴の私でも、身体には血液が流れて固有のリズムを刻み、口笛を吹けばどこかの音階に当たります。鑑賞しながら歌わなければいけないともなればハードルは上がりますが、他人に合わせることなく、人間がもつ音楽で捉えてみるともっと自然体で鑑賞できると思います。

色やその画法は複雑ですが、描かれたフォルム(形)は深読みができないほど単純です。構成も形も考えすぎず、ただ見ることに集中することができるのがネーベルの作品です。

個人的な体験ですが、ネーベルの作品と向かい合ったときに「久しぶりにあまり考えずに心が惹かれた」と感じました。

今回はマニアックなことを語りましたが、カレー屋さんで食べる前にスパイスのうんちくを語られたら、せっかくのカレーが冷めてしまいます。

アートといえど、結局は人間の心が描き出しているもの。
そういった知識は一旦頭の外に出して、展覧会では画面に対峙したときに感じた色彩の美しさ、静けさ、もしくは、はちゃめちゃさを心行くまま、自分のリズムで楽しんでみてください。
きっとひとつひとつのスパイスが自然と語り掛けてくれると思います。

【開催概要】
開催期間:2017/10/7(土)-12/17(日)
*11/14(火)のみ休館
開館時間:
10:00-18:00(入館は17:30まで)
毎週金・土曜日は21:00まで(入館は20:30まで)
会場:Bunkamura ザ・ミュージアム(東京都渋谷区道玄坂2-24-1)
URL:http://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/17_nebel/

◆【アート初心者向けレッスンNo.1】美術館をもっと楽しく鑑賞する方法教えます
◆【アート初心者向けレッスンNo.2】ベルギー発奇想天外な作品を、ホラー映画から読み解く!
◆【「能」に隠れた日本の美意識に思わず感動!初心者でもわかる能楽鑑賞講座・後編】

※記事の内容は公開時点の情報です。価格等の情報については変更している可能性がありますのでご了承ください。
  • このエントリーをはてなブックマークに追加