若者の街とユースカルチャーの現在進行形! 渋谷と渋家の10年とこれから

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渋谷エリアのコミュニティのキーマンにお会いして、渋谷発の新たな文化の潮流に迫るこのインタビュー。今回は、現在進行形の渋谷のユースカルチャーを牽引する拠点となっている「渋家 (シブハウス) 」の発起人であり、そこに集うアーティストと共に設立した「渋家株式会社」の役員を務める、こちらの方にお話を聞いてきました。

渋家 (シブハウス)

▼齋藤 恵汰(さいとう・けいた)
1987年生まれ。美術家、文化事業家。渋家株式会社取締役。2008年に美術作品として家を借りる「渋家 (シブハウス) 」を制作し、展覧会やイベントなどのキュレーション作品を発表。2013年、「ニッポンのジレンマ『新TOKYO論』」(NHK Eテレ) に渋家作者として出演し話題となった。現在は、2016年に設立した渋家株式会社の役員を務め、作品制作、企画運営、演劇作品の劇作家、批評誌の編集などの多彩な活動を行う文化事業家として活動。

▼SHIBUHOUSE|渋家
http://shibuhouse.com/
▼渋家株式会社|Shibuhouse.inc
http://shibuhouse-inc.com/

渋谷の南西に位置する邸宅街、南平台町。渋谷駅からほど近い場所にありながらも、都市の賑やかさが一転する閑静なこのエリアに、現在進行形の渋谷のユースカルチャーを牽引する拠点となっている一軒家「渋家 (シブハウス) 」があります。ここは、年齢や職業を問わず誰でも入ることができて、これといったルールもない自由な空間なんです。

渋家 (シブハウス)「渋家」の外観。地上3階、地下1階の一軒家

現在は、アーティスト、クリエイター、エンジニアなど、創造的な活動に関心を持つ十数名の若者がひとつ屋根の下で暮らしています。

渋家 (シブハウス)渋家ホームパーティ。渋家2Fリビング

毎月月末に開催しているホームパーティは、誰でも参加可能で自由なコミュニケ―ションを楽しむ場。

渋家 (シブハウス)渋家の地下にあるダンスフロア「クヌギ」

地下には「クヌギ」と名付けられたダンスフロアがあり、定期的にDJイベントや映像上映会などが行われています。

渋家 (シブハウス)渋家株式会社が演出を手がけるライブステージ

また、2016年には「クヌギ」での遊びの延長から、渋家に集うアーティストたちによって、イベントの演出・企画を手掛ける「渋家株式会社」が設立されています。

2008年の活動開始以来、渋谷を拠点としたユースカルチャーの情報基地としてあり続けている「渋家」。多様な若者を受け入れ、その若者たちのやりたいことを実行に導くための交流を重ねているこのコミュニティが、10年にわたって支持されている理由に迫りたいと思います。

渋谷のど真ん中の「誰のものでもない溜まり場」

渋家 (シブハウス)

「初めまして、齋藤さん。ライターの根岸達朗と申します。ここが渋家なんですね。場所は、渋谷駅から歩いて5分ほどでたどり着ける高級住宅地のど真ん中。利便性も高そうです」

「みんなの溜まり場にするにはいい場所ですよね。そもそも渋谷という街には、あまりダラダラできる場所がなくて、僕はこの街に誰のものでもない溜まり場のような空間をつくりたくてこれを構想したんです」

「へえ。確かに駅周辺に喫茶店やコワーキングスペースはたくさんあってもダラダラできる溜まり場はないですからね」

「はい。誰のものでもないけどみんなで使って盛り上げていく。そういう気持ちで維持される状態をつくることを、僕はずっとやってきました。今、僕らのコミュニティには、渋家や会社を含めて、渋谷駅の徒歩圏内にいくつかの拠点があるんですが、どこも気軽に人が集まることができる場所になっていますね。そういう場所が、街には必要だと考えているんです」

渋家 (シブハウス)

「そうしたコミュニティから生まれたのが、渋家株式会社ですよね。齋藤さんは美術家でもあるわけですけれど、会社を立ち上げたのはどういう理由があったんですか?」

「僕は会社の取締役ということで経営者の一人なのですが『遊ぶように仕事ができないか』という意識が常にあって」

「遊ぶように仕事をするというと?」

「はい。フランスの社会学者ロジェ・カイヨワは著書『遊びと人間』のなかで、遊びには、競争、偶然、模倣 (もほう) 、眩暈 (めまい) という4つの要素があるとしました。このなかで、僕は“模倣”を“間違う”と意訳して、この“間違う”という遊びからさまざまな価値を生み出したいと思ったんです。そしてその価値を、仕事として資本と交換したいと」

「へええ。会社の事業としてはどういったことをやっているのですか?」

「照明・映像での演出を中心に、独自機材やプログラムの開発、イベント全体のオーガナイズなどをしています。これはもともと『渋家』の地下で定期的にやっていたDJイベントの延長から始まっていて、『イベントの演出をしたい』というアーティストたちが中心となっています。会社全体では10人ほどのメンバーが携わっていますね」

「齋藤さんは会社で何をしているんですか?」

「僕自身は、会社自体を一つの大きなプロジェクトと捉えて、そのコンセプトや後のトレンドを考えての中長期的な営業を担当しています。渋家に蓄積された情報や技術がハブとなっていろいろなアーティストがつながっていき、その先で得た新しい情報を共有することでアーティストが育っていく。リソースが循環するなかで、アーティストがパフォーマンスを発揮すれば、それは何らかの生産性とつながる可能性があり、新規事業として、さまざまなプロジェクトの展開を狙っているところです」

渋家 (シブハウス)

「会社を立ち上げたことで、心境の変化はありましたか?」

「自分が何を表現したいのか、より深く悩むようになりました。そもそも美術家としての自分はあまり売るつもりもなく作品をつくってきたのですが、会社の経営となると、ずっと赤字のことばかりやっているわけにはいかない。改めて、今までつくってきた作品を振り返ると、全然、売れそうなものを作っていなくて苦笑いしました」

「会社の経営はやりたいことでもあったんですよね?」

「はい。これは僕の純粋な好奇心です。アートというのは大きく言えば『社会』がクライアントです。社会にこういうものがあったら、どうなるのか? という好奇心に従ってアーティストはものを作ります。そこにはまず『やりたい』という強い意志があります。純粋な好奇心に従うことを止めてしまったら、その人はもうアーティストとは呼べないと思っていて」

「でも齋藤さんの場合、単純にビジネスがしたいということではないですよね。好奇心のその先にどんな表現をしたいと考えているのですか?」

「自分の表現に共通しているのは、そのすべてが共同作業であるということです。僕は誰か一人やどこか一点にすべてが集約されるのではなくて、全体として機能が果たされる集団が形成されるようなものをつくりたい。例えば、渋家だと、渋家に関わることが、中にいる人間と関わることに繋がって、そこから形成された集団が『遊ぶように仕事する』状況になって、結果的に自分も巻き込まれている。これは共同性の問題であり、僕はそういうことに興味があるんです」

伝統芸能の家系に育ち、現代アートの道へ

渋家 (シブハウス)

「齋藤さんの独特の感性が、渋谷のユースカルチャーを牽引する拠点を生み出したということが良くわかってきました」

「僕は子どもの頃から変わっていると言われて、両親は学校からの呼び出しの常連でした。4歳までアメリカに住んでいたこともあってか、ちょっとコミュニケーションが変だったんです。今でも、そういうところはあるんじゃないかと思います」

「幼少期からすでに独特の存在だったと」

「僕の母は東京芸術大学を卒業していて、邦楽の先生でした。琴とか三味線とかいわゆる伝統芸能の家系。その影響で、中学生くらいまでは、割とコンスタントに僕も発表会なんかに出ていましたね。その後、渋谷の高校に入学して、当時はひたすらインターネットラジオをやっていました。バンドサウンドやテクノミュージックにハマっていたので、サンプリングした楽曲に声を入れるみたいなことをして、ラジオで時々流したり。割と固定のリスナーがいたりもしました。ちょうどインターネット配信が流行り始めた頃で、時期も良かったんだと思います」

「へええ」

「でも、ある時『これ食っていけるのかな……』って不安になったんですね。もちろん当時は高校生だからお金に困っていたわけではなかったんだけど、実はこの頃、高校にはほとんど行かず、引きこもり状態だったんです。それで今度は文章表現だったらいけるんじゃないかと思って、詩や小説を書いたりしたんですが、やっぱり色々と行き詰まって」

渋家 (シブハウス)

「いろいろな表現に挑戦したけど、満足することはできなかったと」

「はい。そのうちに高校も卒業してしまって、家で引きこもってずっとインターネットをしているときに、たまたま現代美術の情報と出会ったんです。僕は絵画は描けなかったから、必然的にパフォーマンスとか、コンセプチュアルなものに興味が寄っていきました」

「そっちだったらいけるなという感覚があった?」

「はい。そういう表現に自分がコミットできる可能性を、かろうじて感じたんです。つまり端的に『自分だったらどうするだろう?』と考えることができた。それまで音楽とか小説でやってきたことは、あくまで小さな工夫に過ぎなかった。でもコンセプチュアルな表現だったら、大枠から『このジャンルの次の展開は何か』を考えることができた。しかもそれを作品としてアウトプットすることもできた。こんなことは初めてでした」

「そのときに着想したのが渋家なんですね」

「はい。当時は、家の中で全てが完結できるような生き方をしていました。ダイニングに行けばご飯が食べられるし、部屋に戻れば寝られる。自分の体感としての『家という社会の完結感』をもう少し大きな世界観に飛躍させるというのが渋家の構想の始まりだったんです」

「引きこもりという経験をしたからこそたどり着いたアイデアだったんですね。実行力があるなあ」

「今でもあるジャンルの次の展開に自分が関われると感じたら、まずは作ってみてから考えるところがあります。展覧会や演劇にしてもそうだし、『アーギュメンツ』という批評誌を企画したのも批評というジャンルの次の展開に寄与できる活動ができると思ったからですね」

アーティストを社会にシェアする

渋家 (シブハウス)

「渋家は立ち上げから10年が経ち、2016年には会社も設立されました。今後のことはどのように考えていますか?」

「渋家のような“誰のものでもない場所”を増やしていくことで、地元やインターネットだけで自己充足してしまいそうなアーティストたちを社会にシェアするということは引き続きやっていきたいですね。今、渋谷では2027年までの都市計画として、電車や車道を地下に下げて、人の交流を中心にしていこうとする動きが始まっているので、そのあたりともリンクすることにはなるのではないでしょうか」

「渋家のようなコミュニティがあるから街に行くし、もっと街を使っていこう、もっと使えるようになろう、という流れが生まれたら活気が出てよさそうですね」

「はい。必要なのは、自分のように『なんとなく生きづらいと感じてきた人』が、何者かであると名乗り始めたときに、そういう人を受け入れる土壌を作っていくことだと思っています」

おわりに

渋家 (シブハウス)

家を拠点にコミュニティを拡張し、そして渋谷のど真ん中に「誰のものでもない溜まり場」を増やしていく。「遊ぶように仕事をする」という働き方の提案を含め、齋藤さんの物事の捉え方や視点をスイッチさせる柔軟さからは、今までとは違う渋谷発のユースカルチャーの確かな熱源を感じました。

渋家は、今後も「面白いことをやりたい」という意思を持っている人であれば、メンバーとして受け入れていくそうです。毎月月末には、誰でも参加可能なホームパーティを開催しているので、気になる人はぜひチェックして足を運んでみてください!

▼SHIBUHOUSE|渋家 Twitter
https://twitter.com/shibuhouse

▼齋藤恵汰キュレーション展「自営と共在」
会期 : 2017年12月3日 (日) – 12月17日 (日)
会場 : BARRAK 大道 (沖縄県那覇市大道35-5)
出展作家 : 亜鶴、市川太郎、鈴木操、角田啓、手塚太加丸
http://shibuhouse-inc.com/jiei-to-kyozai/

【書いた人】

渋家 (シブハウス)

書いた人:根岸達朗(ねぎし・たつろう)
1981年生まれのライター。文章を書いて生きています。東京・多摩地域在住。
Twitter:@onceagain74/note:https://note.mu/tatsuronegishi

写真:小野 奈那子(おの・ななこ)
http://nanakoono.com/

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