映画解説者・中井圭の「今宵は渋谷で映画でも?」vol.18松岡茉優の才能が輝く『勝手にふるえてろ』

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本コラムでは、「映画をもっと知りたくなる」をテーマに、渋谷で観ることができる作品をご紹介します。18回目は、2017年12月23日(土・祝)公開の映画『勝手にふるえてろ』です。「本当の自分を探している」そんな渋谷のみなさんにお届けします。本作は、ヒューマントラストシネマ渋谷でご覧いただけます。

松岡茉優という才能

勝手にふるえてろCAP:(C)2017映画「勝手にふるえてろ」製作委員会

松岡茉優さんというまだ若い女優の存在は、日本映画を観るものの間では知れ渡っています。かつて『桐島、部活やめるってよ。』で、沙奈というスクールカースト上位に属した勝ち気でエゴの強い女子高生を演じ、その微細な表情や声のトーンで高飛車で嫌味な性格を表現し、映画ファンや映画評論家たちを唸らせました。

かくいう筆者も、忘れもしない高校の化学室の裏庭で大後寿々花さん演じる沢島が見ている中で、東出昌大さん演じる菊池にキスをせがんで見せつけ、勝利宣言のように「行こっ」と低く投げかけた、あの強烈な演技のボディーブローに膝から崩れ落ちました。

卓越した演技力が若い年代から注目をされてきた松岡茉優さんですが、その後、テレビドラマのバイプレイヤーをいくつも経験し、連ドラ初主演作「She」も乗り越えたものの、長編映画において主演を張ることがないまま月日が流れていました。そして、2017年の年の瀬に、満を持して長編初主演作が登場します。それが『勝手にふるえてろ』です。

地味なOLのふたつの恋

勝手にふるえてろCAP:(C)2017映画「勝手にふるえてろ」製作委員会

本作は、芥川賞作家の綿矢りささんの原作を映画化したものです。地味な中学時代に片思いをしていた通称“一(イチ)”を地味なOLになった今でも想い続けるヨシカは、ある日、会社の同僚で、間が悪くて空気を読めない男、通称“二(ニ)”に告白されます。妄想で何年も追いかけてきた“一”と、現実に現れた微妙な男“二”。ふたつの恋(ただし、ひとつは妄想)に迷うヨシカは、思い切って“一”と接触を図り、自分の本当の気持ちを知ろうとするのです。

主人公のヨシカは、相手よりも自分自身への問いかけを繰り返す自己完結的な性格も含め、現実と妄想を行き来する非常にややこしい人物です。風変わりなヨシカの語りの多さが特長ともいえる本作を映像化するにあたって、その難易度の高い役を背負ったのが、先述の松岡茉優さんでした。

役者と監督の見事なバッテリー感

勝手にふるえてろCAP:(C)2017映画「勝手にふるえてろ」製作委員会

彼女の演技の個性は、感情的に突き抜けた表現ではなく、卓越したコントロールにあります。欲しいところに欲しいボールをどんな球種であっても投げられる、抜群のコントロールが売りの投手のようなタイプでしょう。

本作のヨシカは、一見、単にエキセントリックな人物のように見えて、実際のところは内包した繊細な感情が破天荒な妄想と交錯するバランスが難しい女性ですから、そうした感情の機微をミリ単位で表現可能な松岡茉優さんのような女優こそ、適役だったのではないでしょうか。

また、本作の大九明子監督の演出も上手く機能していました。妄想と現実が入り乱れる世界観において、飛躍したファンタジーから現実のリアルな感情表現までを地続きに見せきったのは、松岡茉優さんの滑らかなグラデーションの演技だけではなく、大九監督による作品のトーン&マナーを守る明確な演出によるガイドラインの効果も大きいでしょう。

勝手にふるえてろCAP:(C)2017映画「勝手にふるえてろ」製作委員会

例えば、タワーマンションのベランダで“一”とヨシカがふたりきりでアンモナイトの会話をするシーンは、ヨシカがこれまでにないとてもリアルな感情を見せていくのですが、そこにあわせる劇伴のピアノの一音を外すことで、彼女の崩れていく心を補足しつつ、物語のトーンを保つ効果がありました。

演技だけに頼らない演出の姿勢によって、作品が一辺倒になるのを防いでいます。大九明子監督という見事なキャッチャーとバッテリーを組んだことで、松岡茉優さんは存分に力を発揮することができたのでしょう。その結果、彼女の初主演作は、彼女以外に成しえない唯一無二の作品へと昇華しました。

勝手にふるえてろCAP:(C)2017映画「勝手にふるえてろ」製作委員会

これらの奇跡的なバランスにより、本作のリアリティとファンタジー性は物語の上を駆け抜け、映画が終わるころには、当初一切感情移入できなかった痛い女性ヨシカに観客は完全に心奪われます。

本作は、自分の痛々しさと現実を受け入れて、一歩前に進む勇気の物語。この渋谷にも、本当の自分を探してもがいている若者がたくさんいると思います。本作を観ることで、自分にとって大切なことは何なのかを見つめなおす機会になると良いなと思います。

勝手にふるえてろCAP:(C)2017映画「勝手にふるえてろ」製作委員会

▼Information
『勝手にふるえてろ』
http://furuetero-movie.com/
12月23日(土・祝)よりヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテ、シネ・リーブル池袋ほか全国ロードショー

▼中井圭 プロフィール
兵庫県出身。映画解説者。WOWOW「映画工房」ニコ生公式「WOWOWぷらすと」「シネマのミカタ」TOKYO FM「TOKYO FM WORLD」などに出演中。「CUT」「STUDIO VOICE」「michill」「Numero TOKYO」「観ずに死ねるか」シリーズなどで映画評を寄稿。東京国際映画祭や映画トークイベントに登壇し、映画解説を展開。面白い人に面白い映画を観てもらって作品認知度を高めるプロジェクト「映画の天才」や物事に関心のある人を増やすPJ「偶然の学校」などを主催。

◆vol.17 不寛容の時代に生きるすべての人へ『希望のかなた』
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