映画解説者・中井圭の「今宵は渋谷で映画でも?」vol.22 驚異の長回し74分『アイスと雨音』

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本コラムでは、「映画をもっと知りたくなる」をテーマに、渋谷で観ることができる作品をご紹介します。22回目は、2018年3月3日(土)公開の映画『アイスと雨音』です。本作は、渋谷ユーロスペースでご覧いただけます。

「長回し」を突き詰める

(c)『アイスと雨音』実行委員会

「長回し」という撮影用語を聞いたことがあるでしょうか。あるシーンでカットを割らずにずっとカメラを回し続けることでその場の空気感や役者の緊張感を活かす撮影手法のことを指します。

日本映画では、相米慎二監督が『ションベン・ライダー』で披露した長回しなどが有名ですが、世界においては、オーソン・ウェルズ監督の『黒い罠』の冒頭で街行く男女をカメラが縦横無尽に追いかける長回し、アルフォンソ・キュアロン監督の傑作『トゥモロー・ワールド』の壮絶な市街戦における長回しなどが有名。どれもそれ自体が芸術的といえるほどのものです。

長回しには先に説明した通り、その場の空気感を途切れさせない効果がありますが、それと同時に、これは一体どうやって撮影しているのかと鑑賞者に思わせるような、知的好奇心への刺激もあります。今回ご紹介する『アイスと雨音』もまた、この長回しを連続性の面から突き詰めた作品のひとつです。

(c)『アイスと雨音』実行委員会

物語は、舞台に挑もうとする若者たちが大人たちから突如中止を言い渡され、その不条理に挫折しながらも前に進もうとするというもの。監督は『私たちのハァハァ』や『アズミハルコは行方不明』などで若年層を中心に支持を集めている松居大悟です。

彼は映画監督でもありますが、もうひとつ、劇団「ゴジゲン」を主宰している舞台人としての顔ももっていて、本作はまさにそんな松居監督が実際に経験した過去のもやもやがもとになっています。

(c)『アイスと雨音』実行委員会

冒頭に述べた長回しという視点で見ると、本作はとんでもないことを成し遂げています。なぜなら、本編74分間すべてがワンカット長回しで撮影されているからです。つまり、一度もカットを割ることなく、ずーっと長回しのみで構成されています。

これは撮影中にミスが全く許されないことを意味しています。役者に限らずスタッフも何かのミスを一度でもすれば最初からやり直しとなります。その独特の緊張感の中で、俳優たちは役を生きる演技をし、カメラワークも適切かつエモーショナルなショットを見せ続けます。

(c)『アイスと雨音』実行委員会

しかも本作は、劇中の時間経過が1か月なのです。つまり、現実の時間では74分しか経過していないけれど、映画の中では1か月の時間が流れるという構成。カメラがパンした際に、カメラに映っていない場所では急ぎ着替えやセットの移動などが行われることで、あたかも時間を含めて状況が変わったかのように見せています。

ワンカット長回し風の作品としては、アカデミー賞作品賞を受賞した『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』でも、カメラがパンすることで時間が流れるなどの演出が施されていますが、それはあくまでカットをわからないように繋いだ疑似ワンカット長回しであり、本作のような純粋な長回しではないのです。

映画史的には、例えばヒッチコックの『ロープ』やドイツ映画『ヴィクトリア』などのように、同様にワンカット長回し風映画が存在するのですが、本作の全編長回しほど必然性があるものではありません。それは本作が、舞台に挑み破れた若者たちを活写し、成立しなかった現実世界の舞台のリベンジとして生み出された作品だからに他なりません。

カットのかからない若者たちの青春そのものを捉え、カットのかからない舞台を編集可能な映画の土俵で再現しているからでしょう。だからこそ、本作では、長回しという連続性を伴った手法自体が意味を持っているのです。

本作の最終盤の演出で、我々は現実と虚構の境が曖昧になるのを感じます。それは、これまで松居大悟監督が舞台でも映画でも繰り返し描いてきたテーマであると同時に、森田想を中心とした荒削りだけど若く才能あふれる役者たちのリアルが画面に漂っているからでしょう。

映画という虚構を、ワンカット長回しでやりぬいた彼らの現実がぶつかり、観客の心を強く揺さぶるのです。最近しびれる青春を実感していないなと感じる渋谷の若者たちにこそ、本作を鑑賞してほしいのです。

(c)『アイスと雨音』実行委員会

▼Information
『アイスと雨音』
http://ice-amaoto.com/
3月3日(土)渋谷ユーロスペースほか全国順次ロードショー

▼中井圭 プロフィール
兵庫県出身。映画解説者。WOWOW「映画工房」ニコ生公式「WOWOWぷらすと」「シネマのミカタ」TOKYO FM「TOKYO FM WORLD」などに出演中。「CUT」「STUDIO VOICE」「michill」「Numero TOKYO」「観ずに死ねるか」シリーズなどで映画評を寄稿。東京国際映画祭や映画トークイベントに登壇し、映画解説を展開。面白い人に面白い映画を観てもらって作品認知度を高めるプロジェクト「映画の天才」や物事に関心のある人を増やすPJ「偶然の学校」などを主催。

◆vol.21 兄弟姉妹の複雑な関係を描く『犬猿』
◆vol.20 9年間で9度死にかけた少年の秘密『ルイの9番目の人生』
◆vol.19 スパイ映画の熱狂再び『キングスマン:ゴールデン・サークル』

※記事の内容は公開時点の情報です。価格等の情報については変更している可能性がありますのでご了承ください。
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