「本の文化を残していく」奥渋谷発“出版する本屋”の10年とこれから

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渋谷に関わるキーパーソンにお会いして、渋谷発の文化の潮流に迫るこのインタビュー。今回は、近年の奥渋谷ムーブメントを牽引する書店「SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS/略称:SPBS)」の創業者であるこちらの方にお話を聞いてきました。

話を聞いた人:福井盛太(ふくい・せいた)
SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS代表。1967年愛知県生まれ。91年早稲田大学社会科学部卒。 ビジネス誌『プレジデント』の編集者などを経て、2007年9月、SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS(SPBS)を設立。現在は、出版する本屋《SPBS本店》、毎日を特別なものにする、ときめくアイテムをあつめたセレクトショップ《CHOUCHOU》の経営、webメディア、雑誌・書籍の編集や店舗プロデュース、イベントやセミナーの企画立案を行っている。

▼SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS
https://www.shibuyabooks.co.jp/

渋谷駅から文化村通りを進み、東急本店を通り過ぎてさらに歩くこと数分。「奥渋谷」の愛称で親しまれるこの神山町に、「出版する本屋」というコンセプトの下、SPBS本店がオープンしたのは約10年前。独自にセレクトした新刊を販売する書店でありながら、店内の奥に編集部を併設し、さまざまな出版物やプロダクトを生み出しています。

蔵書数は4000〜5000冊。ラインナップはカルチャー、文芸、アート、建築、フード、コミックなど幅広く、そのほかにも限られた店舗でしか手に入れることのできないエッジの効いたリトルプレスの展開にも力を入れています。

なかでも、旅雑誌『NEUTRAL』『TRANSIT』を世に送り出してきた編集者、加藤直徳(かとう・なおのり)さんによる『ATLANTIS zine』シリーズは、SPBSの編集部が発行を手がけた同店の人気タイトルのひとつ。同シリーズはウェブ時代にあらためて「紙で編むこと」に向き合い、雑誌編集の過程を連続的に見せていくというもの。加藤さんの独自の編集論が濃密に展開されていて、とても読み応えがあります。

また、店内では「本のある暮らし」をイメージしてセレクトした雑貨や古着も展開。このほか、本の未来を考える勉強会をはじめ、著名な作家を招いた各種イベントやフェアも精力的に開催しています。

SPBSという個性あふれる書店を立ち上げ、奥渋谷文化を盛り上げる立役者のひとりでもある福井さんは、渋谷の今、そして書店の未来をどのように見つめているのでしょうか。当サイトではおなじみのライター根岸達朗が話を聞いてきました。

渋谷でも本は読んでもらえる

「SPBSが奥渋谷に立ち上がって10年とのことですが、もともとどういう経緯で始まったお店だったんですか?」

「ひとつのきっかけになっているのは、僕が2000年代前半にニューヨークに滞在していて、そのときに書店巡りをしていたことですね。そのときに現地の書店が本を売るだけの場所ではなくて、人や情報が複雑に絡み合う場所になっていたのが印象的だったんです。とにかく書店に元気があっていいなあと」

「では、そういう書店を東京にもつくろうと」

「そうですね。真剣にビジネスとして考えたのはもう少し先ですが、そのときの体験から、東京にもカルチャーの発信拠点になるような書店をつくりたいと思ったんです。さらに、僕はそういう書店をつくるなら、あんまり本のイメージがないような外れたエリアに出したくて

「確かに渋谷には本の街というイメージはないかもしれないですね。どちらかというとスクランブル交差点を中心とした若者文化のイメージが強いというか。ファッションやITのイメージもありますよね」

「はい。書店はあるんですけど、それが文化的に根付いているという印象は薄いですよね。そういう街だからこそ、書店から本と、その周辺の文化を発信していく意味があると思ったんです」

「なるほど。で、この場所を見つけられたと」

「はい。今でこそ奥渋谷と呼ばれているんですが、当時はそんな名前は当然付けられていなくて……。このあたりはカルチャー的には何もない、半端な場所だったんです。下町という感じでもないし、商店街が賑わっているというわけでもない。都会のエアポケットみたいなところでした」

「でも、意外と交通の便は悪くなかったりしますよね」

「そうなんです。渋谷駅まで歩いていけるし、ほかの路線を使えば六本木(乃木坂駅使用)、新宿にも出られます。にも関わらず、当時は誰も注目してない場所だった」

「それが今やおしゃれなお店が並ぶ、注目のカルチャースポットに。そうなったのは、早い段階でこの場所に目を付けたSPBSの存在が大きかったんだろうなあ。10年やってきて今どんなお気持ちですか?」

「うれしいですよね。頑張れば渋谷でも小さな本屋を続けることができるということを見せられたのは。しかもおかげさまで、今が一番売り上げがいいんです。それって、どんどん書店がだめになっていく世の中の流れと逆じゃないですか」

「確かに。渋谷でも、ブックファースト渋谷店やパルコブックセンターなど、大型書店が次々と姿を消していますよね。そういう流れのなかにあって、小さな書店が生き残ることができているのにはどんな理由があると思いますか?」

「それは、うちの客層が大型書店で本を買う人たちと違うからですよね。渋谷のなかでおしゃれに気持ちよく本を買える場所として、うちって意外と貴重な場所だったりするんでしょう。そういう場所であり続けられていることが、今につながっているんだと思います」

渋谷はもっと変でいい

「おしゃれに本を買える店って、言われてみればそんなにないような気がしますね。この奥渋谷という立地もあるんでしょうけれど、地域に根ざして独自のポジションを築かれているような印象です」

「ありがたいですよね。僕自身も10年間、ここで書店をやってきて渋谷に対する地元意識というのはすごく出てきたなと感じています。ただ、もともと愛知県生まれの僕にとって、渋谷ってやっぱりよそ行きの街で。地元意識は持ちながらも、自分はどこか渋谷の人じゃない、という感覚も持っているんです」

「ホームでもあり、アウェイでもあるというような?」

「そうですね。ソフィア・コッポラが東京を舞台に撮影した『ロスト・イン・トランスレーション』という映画がありましたよね。あの作品で表現された、主人公の感覚にも近いかもしれません。自分は渋谷の人間でありながら、エイリアンでもあるというような……」

「エイリアン。それって、なんででしょうね」

「多分、スクランブル交差点のイメージとか、そこに集ってくる若者たちの感じとか、そういうものと、僕が歩んできた人生がオーバーラップしないからでしょう。でも、そうはいってもそこに地元意識も芽生えているし、愛もあるし、なんていうか……僕にとって渋谷は永遠の片思いみたいな街なんでしょう。逆にいえば、そういう相思相愛ではないエイリアンのような人間であっても受け入れてくれるところが、都市であり、渋谷という街なんだと思います」

「多様性のある街と表現される方は多いですよね。ただ、その多様性も近年はよくも悪くも均一化されている印象を受けます。どれも洗練されていてすてきなんですけど……」

「そうですね。それでいうと、昔はもっと変な文化が生まれてくる街でしたよね。ガングロギャルとか、流行としてすごい尖ってたよなって思うんです。普通に考えてあれは変なことなんですけど、それが流行るってすごいことじゃないですか。ポートランドや米国西海岸の文化が流行ったりすることはありますけど、あれは日本がマネをしているだけ。ガングロとか厚底ブーツは別次元のオリジナルのものですからね」

「確かに。文化としていいな、かっこいいなっていうよりは、尖っててヤバいなーっていう感じですよね。距離を置いて眺めていたいものでもあるというか(笑)」

「うん。でもそういうのが、最近ないんですよね。これから再開発が進んで街がさらに均一化されて、そういう突然変異的な文化や流行が生まれにくくなるとしたら、それは寂しい気がしますよ。だから、渋谷はもっと変でいいと思いますね。そういう変なところがなかったら、渋谷が渋谷である理由がなくなってしまう気がするんです」

「いい書店」とは何か

「ところで、近年は大型書店が次々と閉店するなか、SPBSのような独立系の小さな書店も全国各地で次々と生まれています。福井さんは本の未来を考える勉強会も主宰されているそうですが、いい書店というのはどういうものだと考えますか?」

「いい悪いっていうのはむずかしいですよね。例えば、『いい会社員ってどういう会社員?』という問いがあるとして、それは人間が10人いたら10通りの答えがあるでしょう。ただ、最大公約数的な意味でのいい書店というものがもしあるとするなら、それはだだっ広くて、品揃えが豊富で、何を探しにいってもすぐ出てくる、という書店になるんじゃないかなと」

「そうですね。福井さん個人としてはどうですか?」

「僕個人の考えでいえば、さっき言った最大公約数的な答えとは真逆になるのですが……いい書店は個性がある書店だと思います。個性がある書店には、自分にとって必要でない本があるんですよ

「必要でない本、ですか」

「そう。自分が必要だと思う本は、普通にみんな買いに行きますよね。でもそうじゃなくて、自分にとって必要のない本なんだけど、なぜかそれが魅力的に迫ってくる、という見せ方ができる書店が、僕の考えるいい書店なんです。この店はあなたにも関係がありますよ、あなたの店なんですよ、という感じがぷんぷん漂ってくるというか」

「なるほど。自分が無関係ではいられなくなる書店ということですね。例えば、どんな書店があるかなあ」

「僕が好きなのは、京都の『恵文社』さんとか、渋谷だったら『Flying Books』さん。千駄木の『往来堂書店』さんもいいですし、神保町だったら『源喜堂書店』さんとか。大型書店では渋谷の『MARUZEN&ジュンク堂書店』にもよく行きますし……って、挙げたらキリがないですね(笑)」

本の文化を残すために

「本がお好きなんですね。福井さんがこれまでに影響を受けた本が気になるんですが、よかったら教えてもらえますか?」

「たくさん読んできましたが、ずっと記憶に残っているのはロシアの文豪ドストエフスキーの『罪と罰』。ずしんとくる重さで、あの本の内容が、夢にまで出てきましたからねぇ……。あとは、オーストリアの精神科医であるヴィクトール・E・フランクルが、ナチスの強制収容所に収監されたときの体験を書いた名著『夜と霧』。これ読んで、人間の気品とは何か、人間は追い詰められたとき、どこまで人間らしくいられるのか、ということを考えさせられましたし、何より僕自身が人間の美しさと醜さ、すべてひっくるめて受け止められるようになったというか……それくらいインパクトのある本でしたね」

「わあ、どちらもとてもヘビーですね……。ちなみに福井さんはAmazonでも本を買いますか?」

「買いますよ。だって便利じゃないですか。これは僕が勉強会など、いろんなところで言っていることでもあるんですけど、自分たちのやっている書店が生き残っていくための戦術を考えるのは大切だけど、それ以上に大切なことがあると。それは、本の文化を残すということなんですよね。それをみんなで考えていこうと」

「本の文化を残す」

「はい。そのためにはAmazonだろうが、電子書籍だろうが、本を読む機会を与えてくれるものなら、何でも受け入れていきたいと思うんです。今、そうやって新興勢力がどんどん強くなって、街の書店が潰れているという声もありますが、危機の本質ってそういうことじゃないんですよね。そうではなくて、本当の危機は、本を読まない人がどんどん増えていることなんですよ

「書店の未来以前に本を読む人を増やさないと、ということですよね」

「例えば、書店と同じような存在として、街のCD・レコード屋があるとして、実際そうしたお店も街からどんどん消えてるんです。でも、それは音楽との出会い方が変わってきただけで、決してみんなが音楽を聴かなくなったということではないですよね。本は、それを読む人が自体が減っている。そこが全然違うんですよ」

「うーん、そうですよね。本の文化を残すためには、どうしたらいいんでしょう」

「地道なことですけど、一人でも多くの人に本を届けて、本を読んでいただく体験を広げていくしかないんだろうなと。それが文化的な事業の位置付けだと思います。本を読む人がどんどん減っているなかでこうして書店をやっていくというのは、単純に商売という意味合いを超えた意味があるんだと思うのです

「愛がないとできないことでもあると思います」

「それもそうですが、本がやっぱりいいものなんですよ。世の中には膨大な数の本があって、何千年も前に書かれたものだって全部読めるわけじゃないですか。それに代わるコンテンツってないですから、そういう意味では、本はすごくおもしろいツール。本を使ってできることは、まだまだたくさんあると思っています」

渋谷・神山町での10年間の歩みを経て、SPBS創業者の福井さんが今考える渋谷と本の未来について。SPBSが奥渋谷という土地に根ざし、街に受け入れられたたように、文化の発信拠点としての渋谷は、まだまだこれから本という切り口でおもしろくなっていく可能性を秘めているのかもしれません。

本を読む人が減っていると言われる時代ではあるけれど、本は昔も今も普遍的な価値を持った文化のひとつ。これからも本を読むことの豊かさが、街の小さな書店をはじめ、さまざまな入口から広がっていけばいいなあと思います。奥渋谷を訪れた際は、SPBSにぜひ足を運んでみてくださいね。

ではまた!

書いた人:根岸達朗(ねぎし・たつろう)
1981年生まれのライター。文章を書いて生きています。東京・多摩地域在住。
Twitter:@onceagain74/note:https://note.mu/tatsuronegishi

写真:小野 奈那子(おの・ななこ)
http://nanakoono.com/

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