猫好きによる、猫好きのための、猫の展覧会「猪熊弦一郎展 猫たち」

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突然ですが、こちらの写真を見てください。               

猫って
かわいい……

いや、
猫って…

猫って尊い……。

突然失礼しました。
写真は筆者の愛猫ですが、猫を飼い始めてから20年、私もすっかり猫好きを通り越して立派な「猫狂い」に。

もちろん「うちの子がいちばん可愛い」と信じて疑いませんが、そんな私も最近、別の猫たちに浮気をしてしまいました。芸術家・猪熊弦一郎が描く「猫たち」に。

東京・渋谷にあるBunkamura ザ・ミュージアムでは、3月20日より4月18日まで「猪熊弦一郎展 猫たち」が開催されています。

「猫」がゲシュタルト崩壊するほどに、会場のどこを見ても猫、ねこ、ネコ。
まさか猫カフェ以外で、360度猫に囲まれる場所があるなんて!

描かれた猫たちはあまりにも愛らしすぎて、アート作品であることを忘れて見惚れてしまいます。

でもなぜ猫ってこんなに人を虜にするのでしょう?
猫の魅力を探るべく!猪熊弦一郎の視点に注目して、作品を見てみたいと思います。

■猫狂いの芸術家・猪熊弦一郎

(左から)猪熊弦一郎 《箱の中の小猫》 1949年 油彩・カンヴァス / 猪熊弦一郎《青い服》1949年 油彩・カンヴァス / 猪熊弦一郎 《妻と赤い服》 1950年 油彩・カンヴァス すべて丸亀市猪熊弦一郎現代美術館蔵 ©The MIMOCA Foundation

猪熊弦一郎(1902-93年)は百花繚乱の昭和画壇にて、試行錯誤を繰り返しながら様々な作風に挑戦し、個性的な作品群を残した日本人画家です。

「いちどに1ダースの猫を飼っていた」ほどの無類の猫好きとして知られ、私生活でも画家人生においても、猫は重要な存在でした。そのため、展覧会のあちこちに猪熊の猫にまつわる名言やエピソードが公開されています。

猪熊弦一郎の私物も猫だらけ

ピカソが愛人と妻をモデルにし、モネがお気に入りの睡蓮の池を描き続けたように、画家は愛情を注いだものほど芸術へ昇華させようとします。猪熊もその一人。

しかも「今まで色々と沢山描かれている猫は、どうも自分には気に入らない」と感じ、「猫の形と色を今までの人のやらないやり方で描いてみたいと思った」(“美術の秋「赤い服と猫」”「報知新聞」1949年10月4日)そうです。

(左から)猪熊弦一郎 題名不明 1950年代 版画・紙 / 猪熊弦一郎 題名不明 1950年代 版画・紙 / 猪熊弦一郎 題名不明 1977年 墨・紙 すべて丸亀市猪熊弦一郎現代美術館蔵 ©The MIMOCA Foundation

写実的なスケッチからデフォルメ画、そして時代を反映するような抽象画まで様々な表現で描き、自分の芸術に叶う猫像を求め続けました。

これも長年猫に囲まれ、観察してきたからできること。
その多彩な表現の中で、一貫して見られる猫の魅力はどのようなものなのでしょうか。

■美術品のように美しく、獣らしいフォルム

最初に挙げたいのは、猫の姿かたち。

猪熊弦一郎 題名不明 1954年頃 油彩・カンヴァス 丸亀市猪熊弦一郎現代美術館蔵 ©The MIMOCA Foundation

繰り返し描かれている猫の座り姿は、まるで西洋画に出てくる肉感たっぷりな裸婦のよう。こんもりと盛り上がった腰は、重量感と安定感があって美術品のように美しいフォルムです。

そしてまんまるの頭に垂直に立った三角の耳、すっと通った鼻筋、表情よりも雄弁に語るしっぽ、スプリンターのように発達した後ろ足。これらの身体的特徴は、どんなに描く線をそぎ落としても消してはならない「猫らしさ」を象徴するものでした。

猪熊弦一郎 題名不明 1986年 鉛筆・紙 丸亀市猪熊弦一郎現代美術館蔵 ©The MIMOCA Foundation

ほとんどの作品は、飼い猫らしい無防備な姿が描かれていますが、油断していると獲物を捕らえるような鋭い目線にハッとさせられます。人間の生活になじんだこの小動物が本来獣であることを思い出させる瞬間を捉えていたのです。

完成された美のような、フォルムへの安心感。それを一瞬で崩しかねない、獣らしさへの違和感。

(左から)猪熊弦一郎 題名不明 1950年 コンテ・紙 / 猪熊弦一郎 題名不明 1945年 インク、水彩・紙 / 猪熊弦一郎 題名不明 制作年不明 鉛筆・紙 すべて丸亀市猪熊弦一郎現代美術館蔵 ©The MIMOCA Foundation

猪熊はふたつのギャップを画面に収めるために、目で見て現場を書き写すのではなく一度、自身のフィルターを通して創作で描きました。だからこそ、よりリアルに猫そのものの魅力を画面から感じることができるのかもしれません。

■アート作品を読み解くような小さな猫のサイン

人はなぜ猫に構ってしまうのでしょう。

「猫は性質が人間でいえば女性の様なもので、何を心で思って居るか、表情の中に露骨に現わさないから一見いじ悪い動物に見える事があるが、
長く見て居ると精一杯の表現はして居るが、犬の様に直接的でない為に、仲々むつかしく、解りにくい丈である。それだけ犬よりもデリカシーを持って居るし、強くも感じる」(「美術手帖」1949年11月号/作品「赤い服と猫」の作者解題)

猪熊弦一郎 題名不明 1987年頃 インク・紙 丸亀市猪熊弦一郎現代美術館蔵 ©The MIMOCA Foundation

母親が愛する子どもが発する小さなサインに気づくように、猫たちの小さな感情表現は目に、耳に、しっぽに、前足に、しぐさに描かれていました。

しかしその感情は「○○して」というよりは「察して」と言わんばかりに繊細なものなので、長年連れ添う飼い主でさえ要求がわからずに困ってしまうことも。

(左から)猪熊弦一郎 題名不明 制作年不明 インク・紙 / 猪熊弦一郎 題名不明 1946年 インク・紙 すべて丸亀市猪熊弦一郎現代美術館蔵 ©The MIMOCA Foundation

人間と猫の関係ってあまりにも不平等!
まるでアート作品を読み解くような難解さですが、それでも小さく発せられる謎かけに、人は振り回されながらも必死に応えようとしてしまうのです……。

■人間と同じ?猫をとりまく社会

展示会を進んでいくと、作品における猫の立場が変化していることに気付きます。最初は、脇役だった猫が、いつの間にか主役の座を奪い、最終的には象徴的存在として扱われているのです。

猪熊弦一郎 《妻と赤い服》1950年 油彩・カンヴァス 丸亀市猪熊弦一郎現代美術館蔵 ©The MIMOCA Foundation

それは猪熊が猫を多頭飼いして猫優先の生活を送っていたため、猫同士が社会を築いていることに気づいたからだと思われます。彼は猫をペットとしてではなく、同じ動物として、人間と同じようにコミュニケーションを取り、社会生活を送る者として見ることがあったのです。

猫の姿かたちから感情へ、そして彼らを取り巻く社会へと興味を深めることで、自身の芸術を発展させていきました。そんな猫への想いを強く感じる作品が、晩年の《不思議なる会合》です。

猪熊弦一郎 《不思議なる会合》1990年 アクリル・カンヴァス 丸亀市猪熊弦一郎現代美術館蔵 ©The MIMOCA Foundation

ランダムに区切られた画面には、人間、鳥、植物、そして猫とまったく異なる形状のものが縮尺は違っても並列に描かれていて、浮き彫りになるものがありません。まるで横一列に並んだ人形のように突出して目立つものがなく、奇妙なバランス感で統制されています。

作品創作の現場の神秘性を語る作品のようですが、創作の主体である人間と同じように猫が独立して描かれています。そこに猪熊が猫から受けた恩恵、芸術へのインスピレーションに対する感謝、敬愛のようなものを感じられるのです。

とはいえ、猫への深い愛情を猪熊が律することはなかなか難しかったようです。

(左から)猪熊弦一郎 《バレリーナの夢想》 1950年 油彩・カンヴァス丸亀市猪熊弦一郎現代美術館蔵 ©The MIMOCA Foundation/ 猪熊弦一郎 《月と猫達》 1953年 油彩・カンヴァス 香川県立ミュージアム / 猪熊弦一郎 《猫によせる歌》 1952年 油彩・カンヴァス 丸亀市猪熊弦一郎現代美術館蔵 ©The MIMOCA Foundation

猪熊は猫を描き始めたときに、芸術家として悩んでいました。

「私の心はまだ猫を愛する心で一杯である。この愛する心をどこか他の処に置き忘れて来れば、もっと猫に対して苛烈な、無慈悲な気持ちで思い切って描いて行けるのではないかと思われる」(「美術手帖」1949年11月号/作品「赤い服と猫」の作者解題)

可愛さ余って憎さ百倍。
愛するからこそ描きたい。けれども、愛情が先走りすぎて自分が目指す絵画表現ができない。修行ともいえるような創作活動の中で、彼は結局愛情を手放すことなく「ねこの画家」として認知されるようになったのです。

そんな猫好きによる、猫のための、猫の展覧会。
ぜひ覗いてみてください。深い愛情にきっと心が温かくなりますよ。

【開催概要】
開催期間:2018/3/20(火)-4/18(水) *会期中無休
開館時間:10:00-18:00(入館は17:30まで)
毎週金・土曜日は21:00まで(入館は20:30まで)
会場:Bunkamura ザ・ミュージアム(東京都渋谷区道玄坂2-24-1)
URL:http://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/18_inokuma/

※記事の内容は公開時点の情報です。価格等の情報については変更している可能性がありますのでご了承ください。
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