映画解説者・中井圭の「今宵は渋谷で映画でも?」vol.28 30年外に出なかった男の「美」について『モリのいる場所』

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本コラムでは、「映画をもっと知りたくなる」をテーマに、渋谷で観ることができる作品をご紹介します。28回目は、2018年5月19日(土)公開の映画『モリのいる場所』です。本作は、渋谷ユーロスペースでご覧いただけます。

30年間、外に出なかった男

(C)2018「モリのいる場所」製作委員会

熊谷守一という画家をご存知でしょうか。東京豊島区の自宅の庭に生息する動物や植物をやわらかくも独特なタッチと色彩で描き、その作風が今も多くのファンを魅了しています。そんな熊谷守一、通称“モリ”の生きた平凡な日常を描いたのが、今回ご紹介する『モリのいる場所』です。

本作は、昭和49年の東京を舞台に、モリ94歳とその妻、秀子76歳の日常を映し出します。彼らは、開発が進んで激変する世の中に一切関与することなく、極めてマイペースに生きています。

特にモリは、豊島区の自宅から30年間も外に出たことがないという常軌を逸した暮らしぶり。毎日、自宅の庭の小宇宙に生きる動植物の様子を観察し、淡々と絵を描くのです。そして秀子は、毎日どこからともなくやってくる来訪者たちの相手をしつつ、モリの世話をして暮らしています。

(C)2018「モリのいる場所」製作委員会

このような、ほのぼのと脱力感溢れつつもじんわり沁みる映画の脚本を描き下ろし撮ったのは、沖田修一監督。『南極料理人』では南極基地に勤務する人々の日々の暮らしを派遣された料理人の視点からユーモラスに描写。また、『横道世之介』ではバカがつくほど人の良い世之介の大学生活と恋を描き、さらに『滝を見にいく』では、滝を見にいったごく普通の人々が迷子になってさまよう姿を滑稽かつ愛らしく捉えました。

そんな沖田監督が、この熊谷家の飄々とした日常を映画に描いたのは、とても腑に落ちます。なぜなら、彼がこれまで繰り返し描いてきたものは、特別な事件やドラマティックな展開ではなく、何も起きない平凡な日々からにじみ出るおかしみと、ともすれば見落としがちな宝物のような小さな日常の煌めきだからです。

それらは沖田監督が人間を丁寧に観察することを大切にしているからこそ、見いだせるもの。本作でも、他人からすれば変人としか思えないモリの日常を、突飛に捉えることなく、何故かひっきりなしに訪れる熊谷家への来客者たちの目線を通じて見つめています。

(C)2018「モリのいる場所」製作委員会

彼らの生活のルーティンに垣間見える、気負わずに生きる人間の根源的な美しさ。それをボケのモリとツッコミの秀子と言っても過言ではない夫婦漫才のような日常のユーモアの中から見いだすことができるのです。

ご飯を食べて、庭をゆっくり散歩し、ご近所さんと会話する。彼らのごく普通に生きるその姿が愛らしく、生きているってそれだけで素晴らしいと観客は実感するでしょう。それこそが、沖田監督作品の真骨頂なのです。

モリと秀子の夫婦と共に、モリの自宅という小宇宙でじっくりと流れる時間の中に身を委ねてみてはいかがでしょう。見終わってからもクスクスと思い出し笑いしてしまうような本作が、慌ただしく刺激を求め続ける渋谷のみなさまにとって、日常に既にある美を見つけるヒントになればうれしいものです。

(C)2018「モリのいる場所」製作委員会

▼Information
『モリのいる場所』
http://mori-movie.com/
5月19日(土)渋谷ユーロスペース、シネスイッチ銀座、シネ・リーブル池袋、イオンシネマ他全国ロードショー

▼中井圭 プロフィール
兵庫県出身。映画解説者。WOWOW「映画工房」ニコ生公式「WOWOWぷらすと」「シネマのミカタ」TOKYO FM「TOKYO FM WORLD」などに出演中。「CUT」「STUDIO VOICE」「michill」「Numero TOKYO」「観ずに死ねるか」シリーズなどで映画評を寄稿。東京国際映画祭や映画トークイベントに登壇し、映画解説を展開。面白い人に面白い映画を観てもらって作品認知度を高めるプロジェクト「映画の天才」や物事に関心のある人を増やすPJ「偶然の学校」などを主催。

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