映画解説者・中井圭の「今宵は渋谷で映画でも?」vol.30 オタク青年の「社会」を描く『ブリグズビー・ベア』

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本コラムでは、「映画をもっと知りたくなる」をテーマに、渋谷で観ることができる作品をご紹介します。30回目は、2018年6月23日(土)公開の映画『ブリグズビー・ベア』です。本作は、ヒューマントラストシネマ渋谷でご覧いただけます。

「外の世界」に連れ出された“オタク”青年

(C)2017 Sony Pictures Classics All Rights Reserved.

ある特定のジャンルが好きでたまらなくて没頭する人を“オタク”と呼ぶようになってから、随分と月日が流れました。かつてはオタク=変わり者として扱われていましたが、近年ではむしろオタクであることが個性として肯定的に捉えられるようになりました。

ただ、世間一般から未だに理解されない瞬間が多々あるのも事実で、特に良識という名のもとに、偏見にさらされることは少なくありません。しかし、そんなオタクであることが時に他人や自分を救うこともあります。そんな姿を描いたのが、今回ご紹介する『ブリグズビー・ベア』です。

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汚染された世界から離れ、小さい頃からシェルターのような家で両親と暮らす青年、ジェームス。外に出ることを禁止されてずっと家にいる彼の楽しみは、毎週届くビデオテープ。その中には、「ブリグズビー・ベア」というクマが主人公のSF冒険活劇が収められています。

すっかりハマってしまったジェームスは、ずっと「ブリグズビー・ベア」のことを考えて暮らします。そんな彼が、ある日シェルターにやってきた警察官によって、急に外の世界に連れ出されることになるのです。

外の世界から来た警察官と聞くと一体どんな展開なのかと思うのですが、本作は、アカデミー賞にもノミネートされた傑作『ルーム』にとても近しい要素を持っています。主人公のジェームスは、幼い頃に誘拐されて犯人の家に軟禁されているのです(ネタバレではなく序盤の導入部分です)。

警察官に救い出されて初めて、外の世界で人々が自由に暮らしていることを知った彼が、血のつながった(しかし記憶にも残っていない)実の両親の元に帰り、人生を新しくやり直すことになります。

しかし彼は、今まで誘拐犯が扮した疑似両親とだけ接して社会との繋がりを失っていたため、他人とのコミュニケーションや社会常識の理解において難しさを抱えています。そんな彼を支えるのは、やはり「ブリグズビー・ベア」。彼が唯一愛して没頭しているこの番組のことを考えているときだけは、新しい世界の不安を忘れて夢中になれるのです。

「ブリグズビー・ベア」という社会との接点

(C)2017 Sony Pictures Classics All Rights Reserved.

本作のポイントは、まさにこの「ブリグズビー・ベア」への愛に尽きます。親やカウンセラーなど、良識を振りかざす大人たちは、ジェームスのために良かれと思って一般的な幸せを押し付けようとします。

しかし、今まで極端な環境下に置かれた結果、孤独と不安を抱えた彼にとっては、押し付けられた一般的な幸せは彼の心を追い詰めるものでしかありません。そんな彼が、社会との接点を能動的に持つきっかけになるのが、「ブリグズビー・ベア」なのです。

「ブリグズビー・ベア」への濃い愛によって突き動かされていくジェームス。彼は映画館で初めて映画を観て感動し、大好きな「ブルグズビー・ベア」の映画版を作ろうと決意します。その純粋な熱意に打たれて、周囲が次第に彼を理解していく様は、相互理解というとても現代的なテーマを感じさせます。

自分には理解できなくても、何かに夢中になる人を頭ごなしに否定するのではなく、きちんと向き合って肯定することは、多様性に満ちた現代を生きる上で極めて重要な姿勢なのです。それを下支えするのは、他者に対する寛容さでしょう。この映画が誘拐や差別などを描きつつも、どこか穏やかさを感じさせるのは、この寛容さだと観ていくうちに気づきます。

本作で重要なシーンがあります。ジェームスは「ブリグズビー・ベア」の完成披露試写会の日を迎えますが、ひとりトイレにこもって吐くのです。

一見するとネガティブに感じるそのシーンは、実際は別の意味を持っています。大切なものを自らの愛で生み出し、それが他人の目に触れることで生まれる緊張や不安を描いていますが、それは他者から自分や創作物がどう見られるかを意識した、とても社会的な行為なのです。

それまで社会から隔離された存在であった彼が、「ブリグズビー・ベア」を通じて社会と明確な接点を持った証左でしょう。何気ないシーンに大きな意味を持つのも、本作の設定の妙と言えます。

好きこそものの上手なれという言葉がありますが、自分の好きを貫くことで仲間を得て社会へ関与していく姿は、個人の嗜好が細分化し多様化した現代において、社会性を獲得する大きなヒントになります。渋谷の若者のみなさんにも、ぜひ好きを突き詰めることで世間の偏見を突破していただきたいと思います。

▼Information
『ブリグズビー・ベア』
http://www.brigsbybear.jp/
6月23日(土)ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテほか公開

▼中井圭 プロフィール
兵庫県出身。映画解説者。WOWOW「映画工房」ニコ生公式「WOWOWぷらすと」「シネマのミカタ」TOKYO FM「TOKYO FM WORLD」などに出演中。「CUT」「STUDIO VOICE」「michill」「Numero TOKYO」「観ずに死ねるか」シリーズなどで映画評を寄稿。東京国際映画祭や映画トークイベントに登壇し、映画解説を展開。面白い人に面白い映画を観てもらって作品認知度を高めるプロジェクト「映画の天才」や物事に関心のある人を増やすPJ「偶然の学校」などを主催。

◆vol.29 いじめに立ち向かう少年の物語『ワンダー 君は太陽』
◆vol.28 30年外に出なかった男の「美」について『モリのいる場所』
◆vol.27 世界はそんなに悪くない『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』

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