本コラムでは、「映画をもっと知りたくなる」をテーマに、渋谷で観ることができる作品をご紹介します。32回目は、2018年7月21日(土)公開の映画『クレイジー・フォー・マウンテン』です。本作は、シネクイントでご覧いただけます。
山岳ドキュメンタリー映画は、これまで数多く生まれてきました。その多くは、山の偉大さ、優しさ、そして恐ろしさを一線級の登山家たちの目線から伝えるもので、その美しい過酷さを見せつけるものでした。
しかし、いずれも山に挑む者たちの生々しさや圧倒的熱量は伝わるものの、山に関心が大きくない者たちにとっての最大の疑問である“人はなぜ山に挑むのか”という点を解明することはできませんでした。しかし、本作『クレイジー・フォー・マウンテン』は、山を客観的に見つめることによって、その謎にアプローチしていくのです。
本作の特長は、邦題が『クレイジー・フォー・マウンテン』(原題は『Mountain』)とある一方で、山に挑む者たちの濃密な熱量から、あえて距離をおいている点にあるでしょう。
これまで描かれてきた山岳ドキュメンタリーは、主要登場人物となる登山家たちの目線が色濃く反映され、彼らの登山人生と山への想いが主観的に描かれています。山に挑む者たち個人の気持ちにカメラが取り込まれることで、彼らの山に対する切実さは伝わるのですが、観客が山そのものを理解するという意味では、登場人物の主観が強すぎるがゆえに掴みきれない部分もありました。
しかし本作は、従来の山岳ドキュメンタリーと決定的に違って、山そのものの造形を上空から写し取り、命綱なしのロッククライミングやウイングスーツによる滑空など、様々な形で山に挑む“夢中な人たち”を俯瞰で捉えています。
あくまで、世界中の山自体を「主」、そこに関わる人間の存在を「従」として描くことで、山に対する客観的視点を獲得しているのです。
本作は、ナレーションも特徴的です。登山家たちの個人的な声ではなく、ウィレム・デフォーによるナレーションが山と人の関わりと歴史を物語ることで、距離感を保ちます。
また、ビバルディやベートーベンなどのクラシック音楽が作品全編を彩ることで、山に挑む人たちのいくつもの小さな群像劇を神の視点で捉えたような、地球規模の圧巻の映像詩になっているのです。
そうやって山と人を俯瞰で見渡す本作は、これまで多くのドキュメンタリーで何度も語られつつも近すぎて焦点が合わなかった、人はなぜ山に挑むのか、という疑問に迫ります。
普段から山と物理的にも心理的にも距離のある渋谷のみなさまも、この機会に本作を通じて、山との関わり方を見つめなおしてみてはいかがでしょうか。
▼Information
『クレイジー・フォー・マウンテン』
https://crazy4mountain.com/
7月21日(土)シネクイント、新宿武蔵野館ほか全国順次公開
▼中井圭 プロフィール
兵庫県出身。映画解説者。WOWOW「映画工房」ニコ生公式「WOWOWぷらすと」「シネマのミカタ」TOKYO FM「TOKYO FM WORLD」などに出演中。「CUT」「STUDIO VOICE」「michill」「Numero TOKYO」「観ずに死ねるか」シリーズなどで映画評を寄稿。東京国際映画祭や映画トークイベントに登壇し、映画解説を展開。面白い人に面白い映画を観てもらって作品認知度を高めるプロジェクト「映画の天才」や物事に関心のある人を増やすPJ「偶然の学校」などを主催。
◆vol.31 人類の未来に思いを馳せる『ジュラシック・ワールド 炎の王国』
◆vol.30 オタク青年の「社会」を描く『ブリグズビー・ベア』
◆vol.29 いじめに立ち向かう少年の物語『ワンダー 君は太陽』