映画解説者・中井圭の「今宵は渋谷で映画でも?」vol.38 痛い系女子の成長物語『マイ・プレシャス・リスト』

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本コラムでは、「映画をもっと知りたくなる」をテーマに、渋谷で観ることができる作品をご紹介します。38回目は、2018年10月20日(土)公開の映画『マイ・プレシャス・リスト』です。本作は、ヒューマントラストシネマ渋谷でご覧いただけます。

痛い系女子に与えられた「幸せになるリスト」

©2016 CARRIE PILBY PRODUCTIONS, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

近年、映画で繰り返し描かれるキャラクターが、痛い系女子。彼女たちは、斜に構えたり、思い込みが強すぎたり、自意識過剰で社会と適切に向き合えないため、物事が上手く進まないことが多々あります。そして映画がこのキャラクターを題材にする時、良作が多く生まれています。痛い系女子は、映画において魅力的な存在なのです。

例えば、過去に本コラムでも紹介した『スウィート17モンスター』では、ヘイリー・スタインフェルド演じる17歳の少女が、自分の唯一の親友と兄が恋仲になったことで自意識が最大級に暴走する様を見せてくれました。

また、シアーシャ・ローナン演じる17歳の少女が自らをレディ・バードと称し、ここにはない何かを求めて地元サクラメントを抜け出そうと母親とぶつかる『レディ・バード』も、代表的な痛い系女子の成長物語の傑作です。

この種の物語は、自分を客観的に見つめられない女の子が、間違った自己認識のもとに生きようとして手ひどく失敗し、苦い思いをします。そして味わった人生の厳しさと、手を差し伸べてくれる身近な人の優しさ、ありがたさを実感し受け入れることで、少しだけ大人に成長するという構図が基本的なフォーマット。

そんなこじらせフォーマットを踏襲しながらも、新しい設定によってユニークな物語へと昇華したのが、今回ご紹介する『マイ・プレシャス・リスト』です。

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IQ185でハーバード大学を飛び級卒業した天才でありながら、彼氏どころか友達すらひとりもいないコミュニケーション能力ゼロの女子、キャリー。性格的にも屈折し、やりたいことも仕事も持たない彼女は、いやいやセラピーに通うものの、親身になって相談に乗ってくれるセラピストのペトロフさえ煙に巻こうとする始末です。

そんなある日、彼女はペトロフからあるリストを渡されます。そこには、デートをすることやペットを飼うことなど、達成すべき6つのお題が書かれていて、これをクリアするときっと幸せになれるというもの。彼女は嫌々ながらも、この宿題に挑むことになります。

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痛い系女子映画である本作の新しい設定は、主人公が幼少期から賢すぎることで不幸を招いている点が特徴と言えます。14歳にして飛び級でハーバードに入学した彼女。何事に対しても頭でっかちになってしまい、現実社会で失敗することや、一見無意味に思えることを先回りして傷つくことを回避します。

しかし、コミュニケーションは、失敗を積み重ねてはじめて、相手との距離感や接し方を学ぶもの。読書が趣味で、週17冊読む彼女にとって、現実世界のままならない体験を強制するのが、セラピストから提示された幸せになるリストなのです。

彼女は、リストに従って金魚を飼い、仕事先で友達を作り、広告で見かけた相手とデートに出かけます。その都度、屈折していた彼女の心は少しずつ自然な形へと矯正されていきます。

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中でも、リストに書かれている1番お気にいりの本を読むことは、とても象徴的です。彼女が愛する本は、J・D・サリンジャー『フラニーとズーイ』。同作の登場人物フラニーは、自分の理想と現実世界とのギャップに苦しむという点で彼女と似ています。その本を巡る苦い過去との決別は、彼女自身の成長へと直結するのです。

渋谷の若い女性たちの中にも、現実と理想を上手くすり合わせられず、何も上手くいかないと苦しんでいる人がいるのではないでしょうか。そんな人こそ、本作のキャリーの奮闘を見つめて、一歩足を踏み出す勇気をつかんで欲しいと思います。

▼Information
『マイ・プレシャス・リスト』
http://my-precious-list.jp
10月20日(土)ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開

▼中井圭 プロフィール
兵庫県出身。映画解説者。WOWOW「映画工房」ニコ生公式「ぷらすと by Paravi」「シネマのミカタ」TOKYO FM「TOKYO FM WORLD」などに出演中。「CUT」「STUDIO VOICE」「POPLETA」「Numero TOKYO」「観ずに死ねるか」シリーズなどで映画評を寄稿。東京国際映画祭や映画トークイベントに登壇し、映画解説を展開。面白い人に面白い映画を観てもらって作品認知度を高めるプロジェクト「映画の天才」や物事に関心のある人を増やすPJ「偶然の学校」などを主催。

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