映画解説者・中井圭の「今宵は渋谷で映画でも?」vol.39抑圧を生きる男女の物語『生きてるだけで、愛。』

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本コラムでは、「映画をもっと知りたくなる」をテーマに、渋谷で観ることができる作品をご紹介します。39回目は、2018年11月9日(金)公開の映画『生きてるだけで、愛。』です。本作は、渋谷HUMAXシネマでご覧いただけます。

抑圧を生きる男女の物語

(C)「生きてるだけで、愛。」製作委員会

趣里という女優は、一度観たら忘れられません。それは、彼女が曖昧な形でスクリーンに存在することがないからでしょう。常に観る者の心にひっかき傷を残す役を舞い踊る姿は鮮烈で、その華奢な身体からは想像できないエネルギーを画面に放出しています。

その類まれな力強い存在感は、ごく普通の世界では異質な空気を感じさせるため、相応の作品や役に出会うことでより大きく輝く役者でもあるように感じます。そんな彼女が、キャリア史上最も自分の強みを表現できる作品に出会いました。それが『生きてるだけで、愛。』です。

(C)「生きてるだけで、愛。」製作委員会

本作は、本谷有希子原作の小説を映画化したものです。暴発する感情に手を焼いて普通に振る舞うことができない女、寧子。人と接することが苦手で、うつが引き起こす過眠症もあるため、引きこもって暮らしています。

そんな寧子には同棲している彼氏らしき男性がいます。その男、津奈木は、やりたくもないゴシップ誌の編集部で押し付けられた仕事をぼやきながらも、押しのける気力もなくこなしていく日々を過ごしています。

止められない感情を持つ女と、人生を諦めて日々を適当にやり過ごす男。このふたつの不器用な魂の叫びが、ある出来事をきっかけに共振していく様を描いています。

(C)「生きてるだけで、愛。」製作委員会

前述の通り、本作における趣里は、縦横無尽です。心を病んで自我を抑制できなくなってしまった寧子の直情的で突発的な心と体の動きを、持ち前の不安定さを体現する感情描写とそれを可能にした身体性で、恐ろしいほどのリアリティを持ってスクリーンにさらけ出します。

本作の彼女の演技の中には、感情爆弾のような狂気じみた表層とは別に、他者に理解されたい、受け入れられたいという切実な想いがきっちり顔を出しています。

その両面があるからこそ、取り付く島のないエキセントリックな寧子の振る舞いですら、観客はどこか共感するのでしょう。終盤、屋上に佇む彼女の姿を観て、決して理解できないのに、不思議と受け入れている自分に驚くはずです。

(C)「生きてるだけで、愛。」製作委員会

また本作は、原作以上に、津奈木の存在が大きいことで映画としてのバランスを好転させています。寧子と津奈木の間に生まれる環境変化がふたりの共振を生み、物語に大きな化学変化を呼び起こしています。

津奈木を演じているのは、菅田将暉。彼は心の内に閉じ込めた本当の心をぼやかし、諦念を背負って暮らしていますが、趣里演じる寧子と対比的な静の芝居が印象的。彼女と対等以上の存在感を示すことができるのは、菅田将暉ならではでしょう。

(C)「生きてるだけで、愛。」製作委員会

特に、優しさのように見える諦念で激しい寧子をやり過ごす、すれ違いの表現は秀逸。後半、抑えていた感情が発露するあるシーンも、ギリギリまで引かれた弓から放たれる矢のようで、独特の存在感に心を撃ち抜かれます。そんな全く違うふたりが静と動を揺らがせながら交錯する終盤が美しいのです。

監督は、広告などの世界で活躍している関根光才。ふたりの感情の揺れや切実な愛を16ミリで綴った映像美に閉じ込める手腕が見事で、満を持しての長編デビューにふさわしい鮮烈な作品に仕上がりました。人を描いた関根監督の名刺代わりの作品として、後に語られることになるのではないかと思います。

抑圧を抱え、ままならぬ世界を生きる渋谷の若者たちに、このふたりの共振と愛の行方を見つめていただきたいと思います。

(C)「生きてるだけで、愛。」製作委員会

▼Information
『生きてるだけで、愛』
http://my-precious-list.jp
11月9日(金)渋谷HUMAXシネマほか全国公開

▼中井圭 プロフィール
兵庫県出身。映画解説者。WOWOW「映画工房」ニコ生公式「ぷらすと by Paravi」「シネマのミカタ」TOKYO FM「TOKYO FM WORLD」などに出演中。「CUT」「STUDIO VOICE」「POPLETA」「Numero TOKYO」「観ずに死ねるか」シリーズなどで映画評を寄稿。東京国際映画祭や映画トークイベントに登壇し、映画解説を展開。面白い人に面白い映画を観てもらって作品認知度を高めるプロジェクト「映画の天才」や物事に関心のある人を増やすPJ「偶然の学校」などを主催。

◆vol.38 痛い系女子の成長物語『マイ・プレシャス・リスト』
◆vol.37 恋愛のその先も描く『あの頃、君を追いかけた』
◆vol.36 音を出したら即死『クワイエット・プレイス』

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