映画解説者・中井圭の「今宵は渋谷で映画でも?」vol.40 「世界の塚本」に畏怖する『斬、』

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本コラムでは、「映画をもっと知りたくなる」をテーマに、渋谷で観ることができる作品をご紹介します。40回目は、2018年11月24日(土)公開の映画『斬、』です。本作は、ユーロスペースでご覧いただけます。

「世界の塚本」に畏怖する

(C)SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER (C)SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER

世界に名を轟かす巨匠というのは、多くの場合、どこか畏れ多い気配があります。思想や文化の違う国々でも高く評価されるということは、それだけ作品に問題提起と普遍的な感情が宿るものが多い。そんな作品を生み出した人間の持つ鋭い感性と強い意志を感じ取って、畏怖を覚えるのは、凡人としてはごく普通の感覚です。

塚本晋也監督は、接する人間にほとんど畏れを抱かせません。むしろ、柔和でお茶目で穏やかな人柄。誰からも愛される人物です。しかし、そんな彼が生み出した作品、特に近作は、ことごとく強烈な問題提起と確固たる意志を感じさせます。

今回ご紹介する『斬、』も、塚本監督の人柄からは想像もつかないほどの強烈なメッセージが込められています。これは塚本監督初の時代劇です。

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江戸末期の小さな村に流れ着き、ほそぼそと暮らす浪人、都筑(池松壮亮)は、戦のない世になってはいるものの、磨き続けた剣の腕を生かして、隣に住む村人の市助に剣の稽古をつける日々を過ごしています。

市助の姉ゆう(蒼井優)は、そんなふたりをどうしようもないと見つめつつも、都筑に密かな想いを抱いています。

あるとき村にやってきた凄腕の浪人、澤村(塚本晋也)は、京都の動乱に参戦するための同士として都筑と市助に目をつけます。そんな矢先、無頼の浪人集団が村に現れ、ある事件が起きるのですが・・・。

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本作の池松壮亮、蒼井優の演技は、圧巻です。刀を持つものとして、ある決定的な秘密を抱えて苦悩する都筑を演じた池松の葛藤と殺陣は、台詞も少ない本作で、絞り出すような苦しみを表現しています。

また、ゆうも都筑への想い、市助を心配する気持ち、そして強者への憧憬といった、いくつもの心の動きが彷徨い、ひとつの身に集約される演技が見事。この説明を排した作品の中で、拠り所となる彼らの確かな演技は、本作の見どころのひとつと言えるでしょう。

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また、本作は、音が極めて重要な映画です。これまで塚本組の音楽を支え続けた石川忠さんを編集中に亡くし、石川さんの遺した音源で構成された本作は、これまでの塚本組の純粋な最後のDNAを背負った一本であると共に、もうひとつ意識的に使用されている音によって純度を増しています。

それは鉄の音です。常に刀が鳴っているのです。抜き身の刀から金属音が妖しく響き、無情な生き物の咆哮のように、死を司る刀の存在を主張しています。思えば、デビュー当時から鉄を描き続けた塚本監督だからこそ、無意識のうちに鉄の存在に何者かを感じさせているのかもしれません。

塚本監督は、前作『野火』で、戦争の悲惨さと無為を壮絶な描写で表現しました。地獄を思わせる戦場と、痛みと無残さが伴う表現を選択することにより、人はなぜ戦う必要があるのか、戦争がもたらすものとは一体何なのかを、戦争の匂いが薄っすらとし始めた現在に突きつけました。

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それに対して、本作は江戸後期の時代劇。近現代における戦争とは縁遠いモチーフです。しかし、一本の刀を見つめ続け、揺れ動くひとりの浪人の姿、刀を振るうことで対抗するものを斬り捨てるもうひとりの浪人、そして、その刀を無責任に振るうことを求める大衆を描くことで、気がつけば、再び我々が直面している戦争のきな臭さが一気にリアリティをもって押し寄せてくるのです。

本作を通じて、塚本監督の温厚でシャイな人柄からは決して想像できない、切れ味鋭い刃の提示に筆者は畏怖しました。そこに世界が認めた巨匠の佇まいを感じたからです。ぜひ、世界の塚本が強い意志と覚悟と共に送り出した本作のメッセージを受け取って欲しいと思います。

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▼Information
『斬、』
http://zan-movie.com/
11月24日(土)渋谷・ユーロスペースほか全国公開

▼中井圭 プロフィール
兵庫県出身。映画解説者。WOWOW「映画工房」ニコ生公式「ぷらすと×Paravi」「シネマのミカタ」TOKYO FM「TOKYO FM WORLD」などに出演中。「CUT」「STUDIO VOICE」「POPLETA」「Numero TOKYO」「観ずに死ねるか」シリーズなどで映画評を寄稿。東京国際映画祭や映画トークイベントに登壇し、映画解説を展開。面白い人に面白い映画を観てもらって作品認知度を高めるプロジェクト「映画の天才」や物事に関心のある人を増やすPJ「偶然の学校」などを主催。

◆vol.39抑圧を生きる男女の物語『生きてるだけで、愛。』
◆vol.38 痛い系女子の成長物語『マイ・プレシャス・リスト』
◆vol.37 恋愛のその先も描く『あの頃、君を追いかけた』

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