100年前のロシアに恋をする『Bunkamura 30周年記念 国立トレチャコフ美術館所蔵 ロマンティック・ロシア』展

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突然ですが、みなさんは“アートを体験”したことはありませんか。

最近では鑑賞者が作品の中に入り込む、レアンドロ・エルリッヒのインスタレーションが話題となり、またネットではゴッホやダリの絵画世界に没入するような3D動画が配信されています。

このように話すと、アートを体験できるようになったのはごく最近のように聞こえますが、私たちはずっと前から平面の絵画作品に対しても同じ体験をしてきました。

それを改めて感じさせてくれる美術展が、今年11月23日(金・祝)から2019年1月27日(日)まで渋谷・松濤にあるBunkamuraザ・ミュージアムで開かれています。

『Bunkamura 30周年記念 国立トレチャコフ美術館所蔵 ロマンティック・ロシア』は、ロシア美術の殿堂・国立トレチャコフ美術館所蔵の19世紀後半から20世紀初頭のロシアを代表する作家の作品72点を紹介しています。

しかし、私たちはどれだけロシアのことを知っているのでしょうか。

失礼を承知の上で、私のロシアに対するイメージを挙げると……、ウォッカ、チャイコフスキー、雪、極寒、たまねぎ頭の教会……というところでしょうか。

ニコライ・グリツェンコ《イワン大帝の鐘楼からのモスクワの眺望》1896年 油彩・キャンヴァス ©The State Tretyakov Gallery

これでは日本のサケ、ホクサイ、サクラ、サムライ、蝶々婦人のイメージとあまり変わりがありませんよね。

では、どのような視点でこの美術展を鑑賞すればいいか。まずは日本の約45倍というロシアの国土を埋め尽くす「自然」に着目してみませんか。

■人の感情と空気を封じ込めたロシアの風景画

人は雄大な自然を前にすると、どのような点に感動するのでしょうか。
手が加えられてない天然由来の雄大さ、色彩の美しさ、普段見ることができない希少性などなど。

私は以前、ペルーの高速バスで移動中に車窓から見た、標高4,000mのどこまでも続く草原、そしてそこから覗く山の嶺になんともいえぬ感情を抱きました。

ペルーの高速バスからの景色

狭い日本にはない景色のシンプルさへの、驚きと不安。それでも真っ青な空と緑と土が入り混じった独特な自然色のコントラストに目を奪われました。前置きが長くなりましたが、本展の風景画を見て、私は当時と似た感動を覚えたのです。

ロシアにも日本と同じ四季があり、本展では春夏秋冬に分けて風景画を展示されています。そして見慣れているはずの風景画なのに、なぜか違和感が。

イワン・シーシキン《正午、モスクワ郊外》1869年 油彩・キャンヴァス ©The State Tretyakov Gallery

この作品を眺めていると、日照りの強さ、風の涼しさ、そしてライ麦が揺れる音さえものみこんだ感覚に陥りました。

イワン・シーシキン《雨の樫林》1891年 油彩・キャンヴァス ©The State Tretyakov Gallery

同じように《雨の樫林》では、霧に包まれる肌寒さ、足元のぬかるみ、静かな雨音に重なる自分の鼓動も感じられます。

画面の中央の道は、進んでも進んでも似たような風景が広がるのでしょう。地元民にとっては懐かしささえ感じる馴染みの道、しかし旅行者にとっては美しい景色に心が躍っても、その先行きの見えない道に不安を感じてしまうものです。

絵画に描かれたシーンを疑似体験し、そしてそこでの不安や期待を想像するなんて……私が考えすぎ、はたまた妄想のしすぎなのでしょうか。

いえ、両作品の作者・シーシキンは、自分の愛した自然を詳細に描き入れることだけでなく、その自然と人のあいだに広がる心情や気分を伝えることを目指しました。そのような「雰囲気を伝える風景画」という独特のジャンルが、1890年代のロシアで生まれたのです。

ワシーリー・バクシェーエフ《樹氷》1900年 油彩・キャンヴァス ©The State Tretyakov Gallery

ほかにもバラ色から青みがかった白を調整しながら、光に当たる樹氷を表現したこの作品。突風で消えてなくなる儚い自然の芸術を、作家が感動した一瞬を、反芻しながらも、新鮮なまま描いています。

1870年にロシアで創設された「移動展覧会協会」、つまり移動派は、権威から離れてロシア中を移動しながら展覧会を開き、民衆をモデルに、民衆のために描きました。芸術をアカデミックに小難しく話すよりも、作家と鑑賞者が求めたのは、身近にある美しさへの感動、そして共感だったのです。

だからこそ100年経った異国の土地で、鑑賞者の心をわしづかみにするほど、丁寧に、そしてロマンティックに描き上げているのでしょう。

■「初めまして」と挨拶したくなるロシアの肖像画

本展を先に進むと、私の苦手なジャンル・肖像画のゾーンがあります。

元々肖像画はカメラのない時代に、「今の統治者は誰それである、控えおろう!」と権威者の威信を民衆に示すものでした。そのためナポレオンほど大胆であれば良いのですが、上品なキメ顔&キメポーズでどれも変化がなく、つまらなく感じてしまうのです。

(左から)アントニーナ・ルジェフスカヤ《楽しいひととき》1897年 油彩・キャンヴァス /アレクセイ・ステパーノフ《鶴が飛んでいく》1891年 油彩・キャンヴァス すべて©The State Tretyakov Gallery

しかし本展ではロシアン・マジックなのか、肖像画の男性がどうしても気になりました。展示されていたのはいずれもロシアに欠かせない文化人たちでしたが、印象でいえば、イケメンというよりは“良い人そう”。

19世紀後半から20世紀初頭は、ロシアの社会自体の発展、そして人々の自意識の確立、さらにはロシア文学の発展により登場人物の心理分析が盛んになった時代。肖像画においても、表面だけでなくモデルの内面、心理描写を重視して描くよう、ロシア独自の発展を遂げました。

会ったこともない人の魅力に触れられるロシアの肖像画。中でも、その場面の空気感や繊細な心の機微を読み込まざるをえない、神秘的な女性の肖像が鑑賞者の目を惹きます。

イワン・クラムスコイ《忘れえぬ女(ひと)》1883年 油彩・キャンヴァス ©The State Tretyakov Gallery

来日は今回で8回目、その強い眼差しで多くの人を惹きつけることから「ロシアのモナ・リザ」とも呼ばれている、この作品。モデルが誰か議論が巻き起こりましたが、未だに判明しておらず、原題《見知らぬ女(ひと)》の通り、画家がサンクトペテルブルクで通りがかった女性なのかもしれません。

当時、若い女性が街で屋根なし馬車に1人乗りすることは望ましくなく、その大胆な行動をとる彼女の姿に“自立心のある”、“誇り高い”女性と形容されています。しかしその当時の習慣を知らずとも、その存在感、絶妙な表情に彼女の気性がにじみ出ているのがわかります。

ワシーリー・コマロフ《ワーリャ・ホダセーヴィチの肖像》1900年 油彩・キャンヴァス ©The State Tretyakov Gallery

ロシアの人々はどこまで人への愛情が深いのでしょうか。
肖像画というよりは風俗画として描かれるロシアの子どもたちの姿も印象的です。遊んでいる姿、市場に並ぶおもちゃに夢中になる姿、自然の中にたたずむ姿などなど。

トレチャコフ美術館キュレーターのガリーナ・チュラク氏の言葉を借りれば、作品の魅力は「ただ自分の人生を生きている子供を描いた点にある」のです。著名なベラスケスのマルガリータ王女と比べると、子どもが子どもに向けるような“ごく普通”の表情に見えるのは、画家が彼らに子どもらしさを求めずに、社会の一端をなす一人の人間として真摯に向き合ったからなのでしょう。

■ロシアへの旅へ誘い入れるロマンティックな絵画展

さて今更ですが本展のタイトルにある「ロマンティック」とはどういうことでしょう。ロマンティックの意味合いに“空想的で、情緒あふれる甘美なさま”とあります。

イワン・クラムスコイ《月明かりの夜》1880年 油彩・キャンヴァス ©The State Tretyakov Gallery

確かにこの名作からもロマンティックな雰囲気が醸し出されていますが、暗闇には1880年当時の帝政ロシアの崩壊や政治テロという歴史の影が潜み、必ずしも甘美なものではありません。

では改めてロマンティックとは?風景画から読み取れる、ロシアの季節に流れる風、そして人々が生み出す空気感。
肖像画や風俗画で想像させられる、人々の気質やたわいもない会話。

鑑賞者に空想させてしまうほどの情報量を画面に詰め込む、ロシアという国への画家の愛情の深さ、それそのものがロマンティックではないでしょうか。自然、人間への畏怖も敬愛もあるからこそ本質に迫り、それを情緒豊かに表現するロシア芸術。

(左から)ミハイル・ゲルマーシェフ《雪が降った》1897年 油彩・キャンヴァス /アレクセイ・サヴラーソフ《霜の降りた森》1880年代末から1890年代前半 油彩・キャンヴァス /ヴィクトル・ワスネツォフ《雪娘》1899年 油彩・キャンヴァス/ ニコライ・サモーキシュ《トロイカ》1917年頃 油彩・キャンヴァス すべて©The State Tretyakov Gallery

そして100年前の光景を前にして、陳腐とは感じつつも、私はこう思ってしまうのです。
ロシアに行って、この景色を見てみたいと。

元々は油彩絵具とキャンヴァスの二つですが、画家の手にかかるとあなたをロシアの広大な大地へと連れていく魔法の扉にさえなるのです。そんなロマンティックなロシアのアートをぜひ会場で体験してみてください。

【国立トレチャコフ美術館所蔵 ロマンティック・ロシア】
URL:http://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/18_russia/
会場:Bunkamura ザ・ミュージアム
http://www.bunkamura.co.jp/museum/
開催期間:2018/11/23(金・祝)-2019/1/27(日)
*2018/11/27(火)、12/18(火)、2019/1/1(火・祝)のみ休館
開館時間:10:00-18:00(入館は17:30まで)
毎週金・土曜日は21:00まで(入館は20:30まで)

ライター:小林有希

※記事の内容は公開時点の情報です。価格等の情報については変更している可能性がありますのでご了承ください。
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この記事を書いたライター
小林有希
小林有希
KOBAYASHI YUKI
フリーランスライター。ベルリン崩壊時のドイツで幼少期を過ごした影響か、西洋美術に傾倒。アパレルでバイヤー業を経験。ライター転向後は、紙、WEB問わずファッション、アート、映画、世界遺産など多分野で執筆中。
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