映画解説者・中井圭の「今宵は渋谷で映画でも?」vol.50 深い余韻を味わう『希望の灯り』

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本コラムでは、「映画をもっと知りたくなる」をテーマに、渋谷で観ることができる作品をご紹介します。50回目は、2019年4月5日(金)公開の映画『希望の灯り』です。

深い余韻を味わいたい一本

映画館は、大きなスクリーンや大音響で観ることができる機能と共に、劇場固有のムードがあります。本コラムは、毎回、渋谷で公開される映画をご紹介しているわけですが、今回ご紹介する『希望の灯り』は、渋谷の東急百貨店本店の横にあるBunkamura ル・シネマで上映されます。

同劇場は、落ち着いた大人の雰囲気に特有の侘び寂びを感じさせ、鑑賞後の余韻をさらに深めます。それは本作の持つ、静けさ、切なさ、そして慎ましい希望を、より深く印象付けるでしょう。本作はまさにBunkamuraル・シネマな映画なのです。

(C)2018 Sommerhaus Filmproduktion GmbH

本作の舞台は、アウトバーン沿いのライプツィヒにある旧東ドイツの巨大スーパー。ベルリンの壁が崩壊し、東西ドイツが統一されて祖国を失った人々が、かすかな郷愁を胸に代り映えのない日々を働いています。

そこに新たに従業員として加わるのが、27歳の物静かな青年クリスティアン。わけありの過去を抱えつつも真面目に取り組む彼は、同じスーパーで働くお菓子担当の年上の女性マリオンが気になり、少しずつ距離を縮めていきます。

この映画に、わかりやすい魅力は一切ありません。しかし、スクリーンを見つめるうちに、どんどん目が離せなくなります。それは、本作の端々に小さな美が点在しているからでしょう。

たとえば、無口で大人しい青年がお菓子担当の女性と会話を交わすたび、じわりと前のめり気味になる姿。フォークリフトの運転が下手な彼が少しずつ慣れてきたことを喜ぶ仲間たちの存在。まるで父のように、適切な距離を取りながらも大切なアドバイスをくれる先輩作業員の優しさ。そして、営業終了後にスーパーに鳴り響くクラシック音楽の音色。

そのすべては、誰の目にも明らかな魅力とは言わないけれど、小さな美しさが深く沁みわたります。

(C)2018 Sommerhaus Filmproduktion GmbH

それを象徴するのは、冒頭のフォークリフトでしょう。本作の冒頭でフォークリフトが、巨大スーパーの通路を舞うように走り抜けます。単なる機械であり無機質なフォークリフトが、あたかもバレリーナのように舞う姿にただよう美こそ、大仰さの何もない慎ましさの中にある、わずかな幸福を感じさせるのです。

本作は終盤、全く予想もしない展開を迎えます。それは、この映画が時間をかけて静かに築き上げてきたものを、一瞬にして押し流しそうになります。

しかし、その事象を受け止めて、また先へと歩を進める人々の姿を見つめるうちに、我々の日常にも、かすかな希望の灯りがともるのです。その余韻の深さは、できれば、Bunkamuraル・シネマで観たい映画でしょう。

▼Information
『希望の灯り』
http://kibou-akari.ayapro.ne.jp/
4月5日(金)、Bunkamuraル・シネマほかにて全国順次公開

▼中井圭 プロフィール
兵庫県出身。映画解説者。WOWOW「映画工房」ニコ生公式「ぷらすと by Paravi」「シネマのミカタ」TOKYO FM「TOKYO FM WORLD」などに出演中。「CUT」「STUDIO VOICE」「POPLETA」「Numero TOKYO」「観ずに死ねるか」シリーズなどで映画評を寄稿。東京国際映画祭や映画トークイベントに登壇し、映画解説を展開。面白い人に面白い映画を観てもらって作品認知度を高めるプロジェクト「映画の天才」や物事に関心のある人を増やすPJ「偶然の学校」などを主催。

◆vol.48 誰だってヒーローになれる『スパイダーマン:スパイダーバース』
◆vol.47 音声の向こう側へ『THE GUILTY/ギルティ』
◆vol.46 月に挑んだ男の孤独『ファースト・マン』

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