映画解説者・中井圭の「今宵は渋谷で映画でも?」vol.54 ダメ人間と自由について『町田くんの世界』

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本コラムでは、「映画をもっと知りたくなる」をテーマに、渋谷で観ることができる作品をご紹介します。54回目は、6月7日(金)公開の映画『町田くんの世界』です。本作は、ヒューマントラストシネマ渋谷でご覧いただけます。

「ダメ人間」と自由について

©安藤ゆき/集英社 ©2019映画「町田くんの世界」製作委員会

ギャップに惹かれることは、よくあると思います。その意外性に驚き、魅せられ、気がついたら夢中になってしまうのです。今回ご紹介する『町田くんの世界』という作品も表層と芯には大きな差分があり、その強烈なギャップは、すべての人とは言わないけれど多くの人の心を掴むかもしれません。

本作の主人公、16歳の高校生の町田くんは、何をやらせても出来がよくありません。走らせては50メートル12秒台で、勉強も恐ろしいほどできません。そもそも要領が悪い上に、いまどきスマホのひとつも持っていないのです。

驚異的なまでにダメ要素に溢れた彼。ですが彼はひとつだけ、現代において貴重な特性を持っています。それは、超がつくほどの“いい人”だということ。

彼はある日、周りに人を寄せ付けない女の子、猪原さんと出会います。タイプの全く違うふたりですが、猪原さんは愚直なまでにいい人である町田くんのことが少しずつ気になります。

一方、町田くんはそもそも恋愛をしたことがないため、自分の中に芽生えつつある謎の感情に戸惑います。本作は、そんな噛み合わないふたりが、少しずつ自分の気持ちと向き合っていく不思議なラブストーリーです。

©安藤ゆき/集英社 ©2019映画「町田くんの世界」製作委員会

本作における表層の魅力は、無垢でダメな町田くんが撒き散らす、際限のない愛おしさです。純粋な町田くんの立ち振る舞いは、観ているだけで心が温かくなります。

この愛おしさはどこからやってくるのか。それは、多くの人が利己的に生きる現代に対して、たとえ自分が損をしても困っている眼の前の人に手を差し伸べたいと願う、彼の真っ直ぐな心でしょう。

この厳しい現実社会をどうにか乗り越えるために、誰しもが元々抱えていながら手放してしまったものを、町田くんは持っています。だからこそ我々は、目も当てられないダメな町田くんから目を離すことができないのです。

本作の監督は、石井裕也さん。満島ひかりさん主演の『川の底からこんにちは』や、池松壮亮さんと石橋静河さん共演の『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』などを撮った、日本映画界の若き俊英です。

彼の描く映画には、常に「ダメな人間の愛おしさ」が垣間見えます。むしろ、人間はダメだからこそ愛おしい、と意識的に伝えているようにも見えます。そんな石井監督が、本作を撮るのは必然。描き方を一歩間違えれば苛立ちすら覚えてしまいそうな町田くんというキャラクターが、ここまで愛おしく見えるのは、石井監督が積み上げてきた作家性と強く共鳴しているからでしょう。

ですが本作の芯にある魅力は、そうしたほんわかした世界観に似合わない攻めの姿勢にこそあるのです。それはまず、キャスティングに強く表れています。

町田くんを演じるのは、細田佳央太さん。演技経験があまりない彼がオーディションで本作の主演を勝ち取りました。さらに、町田くんに思いを寄せるヒロインの関水渚さんもまた、オーディションで選抜されています。

主要キャストのふたりをオーディションで、しかもほとんど新人に近い若手を選ぶ。この選択は、製作陣にとって勇気が必要だったはずです。まず、経験値が低いため、演技面の不確実性があります。そして映画宣伝を鑑みた時に、主演に無名の俳優を起用するのは明らかに不利です。

しかし製作陣はそれらのデメリットがあったとしても、新鮮なキャスティングを選びました。それが作品に瑞々しさを与えると考えたからでしょう。結果、この作品はその大胆な賭けに勝ちました。

とりわけ、町田くんというデフォルメされたキャラクターに実存感を与えた細田佳央太さんの存在は出色で、まだ無名の彼をいきなり抜擢した石井監督の慧眼は、見事という他ありません。

それと同時に、キャスティングで巧いと感じるのは、無名の主演たちを支える共演者を、池松壮亮さん、高畑充希さん、戸田恵梨香さん、前田敦子さんといった、それぞれが単独で主演を務められるほどの力量の持ち主で固めている点。これは既に役者たちから大きな信頼を勝ち得ている石井監督だからなせる業でしょう。

©安藤ゆき/集英社 ©2019映画「町田くんの世界」製作委員会

そしてこの攻めの姿勢は、終盤の演出でも象徴的に現れています。本作には、こつこつと積み上げてきた世界観を一気に破壊するほどの強烈な転調が仕掛けられています。その大胆さは映画を観慣れた筆者でさえ衝撃的で、ともすれば賛否が大いに分かれる可能性を感じています。

しかし本作は、臆することなく映画の自由を主張します。高く高く打ち上げられた、その驚きの表現からは、何もかもが横並びで閉塞し、少しでも道を外れた者に激烈な批判をぶつける今の世の中に対する、石井監督ならではの痛烈な批評を感じます。

この批評性は、本作が公開されてから更に強く機能するはずです。それは観客に投げかけた鋭い挑戦状でもあり、従来とは違う価値観もしっかりと見つめ肯定していこう、という骨太なメッセージにも見えます。

表と裏の両面から現代社会を批評する本作は、ビジュアルを一見して感じる、どこかふんわりとしたイメージとは一味違う印象を与えるでしょう。おだやかさの中に石井裕也らしさがハッキリと刻印された本作を是非ご覧ください。

©安藤ゆき/集英社 ©2019映画「町田くんの世界」製作委員会

▼Information
『町田くんの世界』
http://wwws.warnerbros.co.jp/machidakun-movie/
6月7日(金)、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国ロードショー

▼中井圭 プロフィール
兵庫県出身。映画解説者。WOWOW「映画工房」「ぷらすと」「シネマのミカタ」TOKYO FM「LOVE CONNECTION」などに出演中。「CUT」「STUDIO VOICE」「POPLETA」「Numero TOKYO」「観ずに死ねるか」シリーズなどで映画評を寄稿。東京国際映画祭や映画トークイベントに登壇し、映画解説を展開。面白い人に面白い映画を観てもらって作品認知度を高めるプロジェクト「映画の天才」や物事に関心のある人を増やすPJ「偶然の学校」などを主催。

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