映画解説者・中井圭の「今宵は渋谷で映画でも?」vol.58 差別の盲点『ブラインドスポッティング』

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本コラムでは、「映画をもっと知りたくなる」をテーマに、渋谷で観ることができる作品をご紹介します。58回目は、8月30日(金)公開の映画『ブラインドスポッティング』です。本作は、渋谷シネクイントでご覧いただけます。

焦点をどこに合わせるか

デンマークの心理学者エドガー・ルビンが考案した「ルビンの壺」と呼ばれる絵を見たことがあるでしょうか。一見すると単なる黒い壺なのですが、見方を変えてみるとふたりの人間の顔が正面から向かい合っているように見える、一種のだまし絵のようなものです。

これは、観る者が何に焦点を合わせるかによって、見え方がガラリと変わることを意味します。今回ご紹介する『ブラインドスポッティング』は、この「ルビンの壺」を彷彿とさせます。本作は、アメリカ社会でも大きな問題となっている物の見方について警鐘を鳴らす物語です。

(C)2018 OAKLAND MOVING PICTURES LLC ALL RIGHTS RESERVED

舞台は、オークランド。ブラックパンサー党発祥の地であり、黒人が多く住むこの街も、最近では多くの富裕層の白人たちが移住し、街の様相が変わり始めています。

主人公は、暴力事件によって1年間の保護観察処分となり、ようやく観察期間を終えようとする黒人コリン。白人で喧嘩っ早い幼馴染の親友マイルズと共に、引越業者としてトラブルを回避しながら暮らしていました。

しかし、観察期間も残り3日となった仕事帰りの交差点で、コリンは逃走する黒人を警察官が射殺する現場を目撃します。その衝撃的な出来事に大きなショックを受けるコリンでしたが、ともかく観察期間をそつなく終えるために平常心を保とうと振舞います。しかし、そんな彼の前にとんでもないトラブルが持ち上がるのです。

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この映画は、数名の登場人物を通じて、物の見方と偏見、そして分断について問題提起します。コリンは確かに喧嘩っ早い人間ではあるものの、根っからの凶悪な人間ではありません。理性的な元恋人の影響や起こした事件に対する反省もあって、極力穏やかでいようと努力します。

しかし、ドレッドヘアや筋骨隆々でガラの悪そうな風体の黒人である彼は、引越の仕事をしていても、やってもいない事象へのクレームをぶつけられるなど、白人から敵意を向けられる存在となっています。本作で白人警官が黒人を容赦なく射殺したように、アメリカにおいて偏見で黒人が危険な存在とみなされることは多々あり、本作ではコリンの目を通して、彼の感じる偏見による身の危険と憤りを追体験することになります。

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また、この視点は、彼の白人の相棒マイルズにおいても同様です。彼は、非常に短気なトラブルメーカー。そして、昔気質のオークランドっ子を自認する彼は、最近増えているオークランド移住の新参者が大きな顔をすることに苛立ちを隠せません。

その結果、彼の行くところには問題が発生し、コリンを巻き込む騒動を引き起こします。どうにか残り3日間を乗り切ろうとするコリンの目線に感情移入していく観客からは、ただの迷惑な乱暴者の白人のように見える彼ですが、本作はそんな単純な見方を否定していきます。

本作では劇中のキーワードとして、「ニガー」という言葉が多用されます。この言葉は、黒人が同じ黒人仲間に親しみを込めて使うこともありますが、黒人以外が黒人に対して使うと侮蔑的な差別表現になります。

この言葉の狭間で複雑に揺れるマイルズの姿を本作は象徴的に描きます。彼はなぜ揺れるのか。その視点もまた、一見するとシンプルに見える二人の関係性の複雑さ、我々が見逃している盲点(ブラインドスポッティング)だと言えるでしょう。

そして、本作が他の作品と一線を画すのは、急速に変わりゆく街と偏見の加速という社会的かつ重いテーマにも関わらず、全体として軽快さを失っていないところです。

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物語は徐々にシリアスな展開を迎えていきますが、彼らの日常が曇っているわけではありません。日々のリズムを保ちながら、それが崩れる瞬間を生み出すことで、より大きな衝撃を与える監督の演出が冴えています。そして、突然に崩れる日常にこそ、真のリアリティがあると観客に感じさせます。

この作品が提示する物の見方や偏見、分断について、一考していただければと思います。現代において、非常に重要な一本です。

▼Information
『ブラインドスポッティング』
http://blindspotting.jp/
8月30日(金)より、新宿武蔵野館、渋谷シネクイントほかロードショー

▼中井圭 プロフィール
兵庫県出身。映画解説者。WOWOW「映画工房」「ぷらすと」TOKYO FM「LOVE CONNECTION」などに出演中。「CUT」「STUDIO VOICE」「POPLETA」「Numero TOKYO」「観ずに死ねるか」シリーズなどで映画評を寄稿。東京国際映画祭や映画トークイベントに登壇し、映画解説を展開。面白い人に面白い映画を観てもらって作品認知度を高めるプロジェクト「映画の天才」や物事に関心のある人を増やすPJ「偶然の学校」などを主催。

◆vol.57 時代に求められる品格『カーライル ニューヨークが恋したホテル』
◆vol.56 両親を訴える少年が伝える現実『存在のない子供たち』
◆vol.55 人生の折り返し、夢の始まり『シンク・オア・スイム イチかバチか俺たちの夢』

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