映画解説者・中井圭の「今宵は渋谷で映画でも?」vol.59 そっくりな人々に襲われる意味『アス』

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本コラムでは、「映画をもっと知りたくなる」をテーマに、渋谷で観ることができる作品をご紹介します。59回目は、9月6日(金)公開の映画『アス』です。本作は、TOHOシネマズ渋谷でご覧いただけます。

アメリカ社会を問う、一級の社会派スリラー

ジョーダン・ピール監督は、前作『ゲット・アウト』(2017年)で世界中にその名を知られるようになりました。黒人である彼は、同作で毒の効いたユーモアを駆使。人種問題に問いを投げかけ、観客や批評家から絶大な支持を獲得しました。

同作は第90回アカデミー賞で作品賞、監督賞、脚本賞、主演男優賞にノミネート。黒人初の脚本賞を受賞しています。

その批評精神あふれるスリラーによって、今、最も期待される映画監督のひとりとなった彼が、満を持して送り出したのが、今回ご紹介する作品『アス』です。

©Universal Pictures

幼少期に地元の遊園地で迷子になった少女アデレード。彼女が海沿いにある鏡の館で自分に瓜二つの少女に出会うところから物語は始まります。

アデレードはトラウマを引きずりながらも大人になり、一男一女をもうけて幸せな家庭を築きます。そんな彼女が、かつて住んでいた家に家族のバカンスで訪れた夜、彼女は家の外に人の気配を感じます。

そこに立っていたのは、アデレードの一家に瓜二つの、赤い服を着た4人の男女。強引に家に侵入してくる彼らに、アデレードたちは立ち向かうことになります。

©Universal Pictures

自分たちと瓜二つの人間がいること、そして彼らが自分たちを殺すべく襲い掛かってくる状況は恐怖そのもの。

観客は、アデレードたちと同様、理解が追いつく前にどんどん追い詰められます。前作以上の直球な恐怖が、観客の緊張感を極限まで高めます。

©Universal Pictures

しかし、作品の本質は、このスリラー要素だけではありません。

本作は、表層的には見知らぬ人々が襲い掛かってくるスリラーですが、ジョーダン・ピール監督の過去作同様、強い社会批評性をはらんでいます。瓜二つの人々という象徴的な存在が、あるメッセージを突きつけるのです。

それは、新自由主義的な政策によって、どんどん貧富の差が拡大している今のアメリカ社会への問いです。比較的裕福な暮らしをしているアデレードたちと、そんな彼女たちと全く同じ姿形をしてはいるが完全に得体の知れない人々。その対比を通じて、社会に生まれた歪な格差と分断、そこにある哀しみを描くのです。

©Universal Pictures

赤い服を着た瓜二つの彼らが取る行動も印象的です。どこからともなく現れる彼らは、次々と手を繋いで横並びになります。この光景で想起するのは、1986年にアメリカで行われた、ハンズ・アクロス・アメリカという慈善運動。

これは、アメリカの貧困や飢餓をなくすために、10ドルを払って手をつなぎ大陸を横断するというものでした。本作は、自分たちと瓜二つの彼らによるハンズ・アクロス・アメリカを再現することで、現状に対する疑念を投げかけているのです。

©Universal Pictures

本作の原題は『US』。つまり、”United States”であり、”私たち”でもあります。

このタイトルの意味を感じながら本作を観ることは、作品の表層的な恐怖の何倍も大きな余韻を残すでしょう。本作は、本当に恐ろしいものは何かを観客の知性に訴える、一級の社会派スリラーなのです。

©Universal Pictures

▼Information
『アス』
http://blindspotting.jp/
9/6(金)TOHOシネマズ日比谷、TOHOシネマズ渋谷ほか全国ロードショー

▼中井圭 プロフィール
兵庫県出身。映画解説者。WOWOW「映画工房」「ぷらすと」TOKYO FM「LOVE CONNECTION」などに出演中。「CUT」「STUDIO VOICE」「POPLETA」「Numero TOKYO」「観ずに死ねるか」シリーズなどで映画評を寄稿。東京国際映画祭や映画トークイベントに登壇し、映画解説を展開。面白い人に面白い映画を観てもらって作品認知度を高めるプロジェクト「映画の天才」や物事に関心のある人を増やすPJ「偶然の学校」などを主催。

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