映画解説者・中井圭の「今宵は渋谷で映画でも?」vol.60 2つのタイムカプセルに込めた成長の意味『エイス・グレード 世界でいちばんクールな私へ』

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本コラムでは、「映画をもっと知りたくなる」をテーマに、渋谷で観ることができる作品をご紹介します。60回目は、9月20日(金)公開の映画『エイス・グレード 世界でいちばんクールな私へ』です。本作は、渋谷シネクイントでご覧いただけます。

定型化された成長物語と一線を画す青春劇

自分をうまく認めることができず、もがいていた思春期。筆者の話になりますが、中学時代は息をひそめるように生きていました。コミュニケーションが苦手で、いじめっ子たちの標的にならないよう愛想笑いを浮かべ暮らしていたあの頃。高校に行けば状況が変わるかもしれないと希望を持って日々をやり過ごしていました。

あれから長い月日が流れた2019年に、一本の大切な映画に出会いました。苦しかったあの頃、この映画に出会えていたらどれほど幸せだっただろうと思わずにはいられません。そして、少なくとも、今この映画を観ることで、自分の過去が昇華された感覚があります。極めて現代的な物語でありながら、過去の自分をも救ってくれる傑作。それが『エイス・グレード 世界でいちばんクールな私へ』です。

© 2018 A24 DISTRIBUTION, LLC

主人公ケイラは、ミドルスクール最終年の8年生。日本で言うと、思春期真っ只中の中学2年生。彼女は友達もろくにおらず、男手ひとつで育ててくれている不器用な父の愛情にも上手く向き合うことができません。そのくせ、人生を乗りこなしている理想の自分を演じて、もっともらしく視聴者にアドバイスするYouTubeも配信していますが、アクセス数は全然増えません。本作は、何もかもが望む形にならない彼女が、人生の障害とぶつかり葛藤しながらも、自分自身を見つめなおす成長物語です。

ここまで聞くと、ある意味ありがちな成長物語のように感じますが、実際は飛び抜けて秀逸な青春劇に仕上がっています。中でも、思春期の葛藤を非常に繊細に描いている点は素晴らしいです。ままならない人生とは、大きな挫折だけではない、細やかな日々のつまづきで構成されています。友達として受け入れてもらえるかを必死に考えながらも、声をかけることができない日々。明らかに好かれていない同級生の誕生日パーティに相手の親から誘いを受けて行かざるを得ない状況の悲惨さ。

ちょっと気になる男の子もいるけど、下半身で動くようなクズであったり。それらは他人から見ると他愛のない苦しみでしかないのかもしれないけれど、本人にとっては永遠に続く地獄絵図。本作は、そんな本人にとっての居心地の悪さを細やかに描写しています。そして、ままならない彼女の日々を通じて、この年代を上手く泳ぎぬく難しさを、数多の青春劇以上にリアルに描いています。

© 2018 A24 DISTRIBUTION, LLC

その上で、本作が他の青春劇を凌駕しているのは、従来の成長物語とは違う、真摯で優しいメッセージを提示している点です。彼女は、ミドルスクールの終わりにこれまでの停滞した人生を変えるべく必死に動き出します。それは、多くの青春映画で描かれてきた成長物語のパターンのひとつなのですが、本作はその行きつく先が従来の作品とは一線を画しています。それを象徴するのが、タイムカプセルです。

彼女が2年前に封印したタイムカプセルの中には、8年生になった自分へのメッセージが入っています。それは、2年後の自分は楽しく生きているか、たくさん友達ができているかなどを問いかけるものでした。未来の自分への希望に満ちたそのメッセージは、理想と程遠い現実を抱えた彼女の心に刺さります。

そのカプセルとは別に、本作にはもうひとつ、対称的なタイムカプセルが登場します。そこに込められたメッセージは、コミュニケーションが複雑化し生きづらくなった現代で、人間の成長とは何かをそっと提示します。本作は、2つのタイムカプセルを対比させることで、生きづらさを感じている我々が一体何と戦っていたのか、そして、どう生きることが幸せなのかを教えてくれるのです。

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この全く新しい成長物語を生み出したのは、元YouTuberの映画監督、ボー・バーナム。本作が初の長編映画監督作という、20代の若い才能です。思えば、PCやスマホ画面だけで描く傑作スリラー『サーチ/search』のアニーシュ・チャガンティ監督も、YouTubeなどを通じて作品を発表していた若いクリエイターでした。彼と同様にボー・バーナム監督も、インターネットという新たなルートから映画界で頭角を現しています。

従来ありがちな成長物語を現代のリアルにアップデートした本作が生まれた背景には、作り手自身のアップデートがあります。映画の更新を予感させる新たな世代の青春劇『エイス・グレード 世界でいちばんクールな私へ』は、押し付けがましさを排除した、現代における成長物語の代表作としてこれからの時代に語り継がれるでしょう。きっと、あなたの年間ベストテンに入る1本です。

© 2018 A24 DISTRIBUTION, LLC

▼Information
『エイス・グレード 世界でいちばんクールな私へ』
http://www.transformer.co.jp/m/eighthgrade/
9月20日(金) ヒューマントラストシネマ有楽町、シネクイントほか全国ロードショー
(C)2018 A24 DISTRIBUTION, LLC

▼中井圭 プロフィール
兵庫県出身。映画解説者。WOWOW「映画工房」「ぷらすと」TOKYO FM「LOVE CONNECTION」などに出演中。「CUT」「STUDIO VOICE」「POPLETA」「Numero TOKYO」「観ずに死ねるか」シリーズなどで映画評を寄稿。東京国際映画祭や映画トークイベントに登壇し、映画解説を展開。面白い人に面白い映画を観てもらって作品認知度を高めるプロジェクト「映画の天才」や物事に関心のある人を増やすPJ「偶然の学校」などを主催。

◆vol.58 差別の盲点『ブラインドスポッティング』
◆vol.57 時代に求められる品格『カーライル ニューヨークが恋したホテル』
◆vol.56 両親を訴える少年が伝える現実『存在のない子供たち』

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