映画解説者・中井圭の「今宵は渋谷で映画でも?」vol.61 ゴッサムシティと地続きの現代社会を見つめる『ジョーカー』

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本コラムでは、「映画をもっと知りたくなる」をテーマに、渋谷で観ることができる作品をご紹介します。61回目は、10月4日(金)公開の映画『ジョーカー』です。本作は、TOHOシネマズ渋谷でご覧いただけます。

階段を下るホアキンに、オスカーは微笑む

現在、物語の悪役の中で最も有名なキャラクターを問われたとき、おそらく上位に名前が挙がるのが、ジョーカーでしょう。DCコミックスのヒーロー、バットマンの宿敵として知られるジョーカーは、これまでコミックはもちろん、映画、テレビドラマなどで何度も描かれてきました。
そして今回、新たにこの人気ヴィランを描いた映画が登場しました。それが名前もそのままに、『ジョーカー』です。

(C)2019 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved TM & (C) DC Comics

とは言っても、本作は他作品に登場するジョーカーと根本的に違います。それは、悪の化身として名をはせるジョーカーの暗躍を描いているのではなく、脳に障害を抱えながらも懸命に未来をつかもうと生きる男アーサーが、奈落へ滑り落ちるようにジョーカーになっていく過程を描いているからです。
かつて、クリストファー・ノーラン監督が『バットマン』シリーズの第1作目として撮った『バットマン・ビギンズ』のように、本作は、いわば“ジョーカー・ビギンズ”とも言うべき、悪の成り立ちを描いています。

このユニークな物語は、絶妙な作品設定とも響き合います。本作の舞台は、バットマンでおなじみのゴッサムシティですが、そこに映し出されるのは、現実社会そのもの。弱者に不寛容で、経済格差が大きく開いた世界。それでも、コメディアンとして成功したいアーサーは、どうにか不条理な世の中を生き抜こうと必死にもがきます。
しかし彼の希望は、無慈悲な社会にぶち当たり、ことごとく打ち砕かれてしまいます。そんな彼に打ち寄せる底知れない絶望感が、善良さを内包した人間の心を深く侵食し、狂った悪へと染めていくのです。

本作は、アメコミ作品としての虚構のジョーカーだけを主題にしているわけではありません。我々の生きる過酷な現実が、アメコミで描かれたジョーカーという悪を生み出す土壌を充分に備えていることを示して、現実社会に強烈な警鐘を鳴らしています。ゴッサムシティと現実世界は、今や地続きに存在しているのです。

(C)2019 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved TM & (C) DC Comics

そして、もうひとつ。本作を語る上で絶対に外せないのは、アーサー/ジョーカーを演じたホアキン・フェニックスの完璧な演技。アーサーは脳に損傷を受けており、本人の感情とは全く関係なく唐突に笑いだします。つまり、症状として笑っているのに実際の感情は別のところにあるという、俳優にとって極めて難しい演技が要求されます。

その設定を踏まえつつ、アーサーが人生に絶望し徐々に悪へと変化していく様は、ホアキン・フェニックスの俳優としての力量を十二分に感じさせます。特に、劇中、印象的に描かれた階段のシーンでは、ホアキン・フェニックスがアーサーの変化を象徴する圧巻の演技を披露しています。この芝居だけで、心を持っていかれるでしょう。

これまで映画でジョーカーを演じた俳優といえば、ジャック・ニコルソン、ヒース・レジャー、ジャレッド・レト。3人ともに、アカデミー賞でオスカーを勝ち取った、世界有数の演技派俳優たち。そんな彼らに勝るとも劣らない、圧倒的なジョーカーを本作で演じてみせたホアキン・フェニックス。本作で初のアカデミー賞受賞も射程に入ったと言えます。

本作を観終わった観客は、ある思いを抱くでしょう。おそらく、これからもジョーカーは、古典のように何度も繰り返し描かれるのではないか。そして、ジョーカーを見事に演じきることが、映画史に名を残す俳優のひとつの要件になるのではないか、と。

それほどまでに、この難解なジョーカーというキャラクターには、演じる者も観る者も魅了する魔性があります。そして本作は、そのジョーカーの魅力を思う存分に引き出した紛れもない傑作なのです。

(C)2019 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved TM & (C) DC Comics

▼Information
『ジョーカー』
http://wwws.warnerbros.co.jp/jokermovie/
10月4日(金) TOHOシネマズ渋谷ほか全国ロードショー

▼中井圭 プロフィール
兵庫県出身。映画解説者。WOWOW「映画工房」「ぷらすと」TOKYO FM「LOVE CONNECTION」などに出演中。「CUT」「STUDIO VOICE」「POPLETA」「Numero TOKYO」「観ずに死ねるか」シリーズなどで映画評を寄稿。東京国際映画祭や映画トークイベントに登壇し、映画解説を展開。面白い人に面白い映画を観てもらって作品認知度を高めるプロジェクト「映画の天才」や物事に関心のある人を増やすPJ「偶然の学校」などを主催。

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