映画解説者・中井圭の「今宵は渋谷で映画でも?」vol.62 鬼才アン・リーが突きつけるHFRの功罪『ジェミニマン』

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本コラムでは、「映画をもっと知りたくなる」をテーマに、渋谷で観ることができる作品をご紹介します。62回目は、10月25日(金)公開の映画『ジェミニマン』です。本作は、TOHOシネマズ渋谷でご覧いただけます。

90年代風味のウィルVSウィルを最先端のHFRで描く

アン・リーは、その才能は疑いようがありませんが、実に不思議な映画監督です。

これまでの作品を振り返りましょう。たとえば、ゲイの台湾人男性とグリーンカードを得たい女性の偽装結婚の顛末を描いた『ウェディング・バンケット』や、ジェーン・オースティン原作で相続にまつわる貴族の姿を描いた『いつか晴れた日に』では、ベルリン国際映画祭金熊賞を受賞。また、独特の美意識に包まれた武侠ファンタジー『グリーン・デスティニー』ではアカデミー賞外国語映画賞を受賞しました。

このほか、香港や上海を舞台に女スパイと暗殺対象者の恋を描いたラブストーリー『ラスト、コーション』ではヴェネチア国際映画祭の金獅子賞を獲得。同じラブストーリーでも同性愛を描いているのが、保守的なアメリカ西部でカウボーイ同士の恋を描いた『ブロークバック・マウンテン』で、こちらはアカデミー賞監督賞を受賞しています。同賞を受賞した作品でいえば、CGをフル活用した壮絶な海上漂流の物語『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』もあります。さらに、近年話題のアメコミ映画でも、映画ファンの中でなかったことにされがちな、エリック・バナ主演のアクション作品『ハルク』を撮りました。

つまり、無軌道と言ってもいいほどジャンルやテーマを自由に横断しながらも、その都度、何かしらの爪痕を残して世界から評価されているのが、アン・リーという映画監督なのです。そんな彼の新作が今回紹介する『ジェミニマン』ですが、この映画もまたアン・リーらしい、決して一筋縄ではいかない作品なのです。

©2019 PARAMOUNT PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED.

主人公は、ウィル・スミス演じる超一流の殺し屋ヘンリー。歳を重ねて引退を視野に入れていた彼は、ある日、自分に匹敵する凄腕の殺し屋に命を狙われます。若さと圧倒的な能力で迫る謎の殺し屋と対峙する過程で、自分を殺そうとする者が自分自身の若い頃にそっくりであることが判明します。つまり本作は、自分のクローンと対峙する殺し屋を描いたSFアクション映画なのです。

現在、世界の映画において多く描かれ、かつ評価されているテーマは、女性やLGBT、有色人種などマイノリティの権利、または経済格差や移民問題などによる分断。しかし、アン・リーは、クローンという今のトレンドから外れた題材を真正面からモチーフにしています。このテーマの選定に、どこかアン・リーらしい趣きを感じます。

本作では、クローンとして生みだされた人間の葛藤と、今後起こり得るクローン技術で最適化される社会に対して疑念の一石を投じていますが、それを徹底してアクション大作として描くのが、アン・リーらしい意外性でしょう。

また、本作は、ウィル・スミス対ウィル・スミスという構図が90年代的で、映画ファンをワクワクさせます。この愛すべき90年代テイストを現代最高峰の技術で表現している点も魅力的です(むしろ、プロデューサーとして参加したブロックバスター映画の申し子、ジェリー・ブラッカイマーの影響が大きいかもしれませんが)。

©2019 PARAMOUNT PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED.

本作でクローンとして登場する若き日のウィル・スミスはもちろん合成されていますが、まったく違和感はありません。この驚くべき技術の確立は、俳優にとって新しい可能性を提示します。いずれは役者の年齢や外見などが全く問われない新たな時代がやってくることを予感させます。

さらに、これらの、何を観ているのか現在地を掴み切れない”アン・リーらしさ”の最たるものとして、筆者が最も強く感じたのは、本作に用いられたHFR(ハイフレームレート)の導入と、その功罪です。

通常、映画は、1秒間に24フレーム(24fps)の連続した画像を繋いで、映像が構成されています。このフレーム数が増えると映像の動きは滑らかになります。本作は、特定の映画館のみではありますが、3D+ in HFRという規格で上映されます。本作は、1秒間に120フレームで撮影された素材を組み合わせ、60fps(1秒間に60フレーム)の3D映像を実現しました。その結果、通常の作品では考えられないほど、映像の滑らかさと明るさを実現しています。

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この映像世界は、言葉で説明できないほど圧倒的で、観客がそのシーンに居合わせてしまったかのような現実感を映画に与えました。しかし同時に、虚構としての映画の魔法が消失した錯覚も覚えます。これまで通常の24fps映像を観慣れた我々は、現実に近づく60fpsの圧倒的な滑らかさによって、“映画だけが持つ行間”が消えることを受け止めきれずにいるのです。この感覚は想像以上に大きなもので、おそらく明確に好き嫌いが生まれるのではないかと思います。

現在、ジェームズ・キャメロン監督が『アバター』の新シリーズをHFRで製作しています。世界的大ヒット作『アバター』で3D映画を普及させたキャメロンなら、HFRも一気に広げていく可能性は高いと考えます。映画の未来を考察するうえでも、本作は、このHFRをいち早く体験する良い機会となるはずです。そして本作を観て、またしてもアン・リーを掴みそこなう映画ファンが増えるのではないでしょうか。次々と予想を覆すアン・リーから目が離せません。

※長い間連載をして参りましたこちらの人気シリーズも、今回で最終回となります。ご愛読頂き、誠にありがとうございました。

©2019 PARAMOUNT PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED.

▼Information
『ジェミニマン』
https://geminiman.jp/
10月25日(金) TOHOシネマズ渋谷ほか全国ロードショー

▼中井圭 プロフィール
兵庫県出身。映画解説者。WOWOW「映画工房」「ぷらすと」TOKYO FM「LOVE CONNECTION」などに出演中。「CUT」「STUDIO VOICE」「POPLETA」「Numero TOKYO」「観ずに死ねるか」シリーズなどで映画評を寄稿。東京国際映画祭や映画トークイベントに登壇し、映画解説を展開。面白い人に面白い映画を観てもらって作品認知度を高めるプロジェクト「映画の天才」や物事に関心のある人を増やすPJ「偶然の学校」などを主催。

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