本コラムでは、「映画をもっと知りたくなる」をテーマに、渋谷で観ることができる作品をご紹介します。27回目は、2018年5月12日(土)公開の映画『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』です。本作は、ヒューマントラストシネマ渋谷でご覧いただけます。
2015年、『タンジェリン』という作品が、アメリカで大きな話題となりました。同作は、クリスマスイブのロサンゼルスを舞台に、トランスジェンダーの女性たちが巻き起こす騒動を描いています。ユーモアを携えて逞しく生きる彼女たちの姿をエネルギッシュに活写しながら、同時に彼女たちが直面する厳しい現実も見つめた秀作です。
同作は撮影にも特長があり、全編iPhone 5Sで撮影しています。まさに今の時代に相応しい、新しい映画の幕開けを思わせる作品だったといえます。監督はショーン・ベイカー。才気あふれる新鋭で、同作で一躍トップクリエイターの仲間入りを果たしましたが、彼の新作がいよいよ日本でも公開となります。それが『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』です。
本作は、フロリダのディズニー・ワールドの近くにある安モーテル“マジック・キャッスル”を舞台にした、ある家族のドラマです。6歳の女の子ムーニーと母のヘイリーは、サブプライムローンの影響もあり普通の住居を確保することができずにモーテルを仮住まいにしています。
ムーニーはほかのモーテルに住んでいる友達とイタズラを仕掛けてはモーテルの管理人ボビーに叱られますが、それにも一切悪びれることなく楽しく日々を過ごしています。
そんなある日、ムーニーたちは廃墟と化した古い空き家が乱立しているエリアに出かけてある事件を起こします。そして、彼女たちを取り巻く状況が一変してしまうのです。
本作は、インチキ香水を売って生計を立てる貧しい親子の日常を描きつつも、決して暗いものではありません。お金はないけど親子二人で(悪態はつくけど)明るく楽しく生きています。
貧しさはもちろん苦しさではあるけれど、愛し合っている親子が一緒にいることができれば世界はそんなに悪いものではない。そう表現するかのように、本作の画面は意識的に色あざやかに彩られています。
駐車場に止められている車につばを吐いたりモーテル全館のブレーカーを落としたり、子どもたちのイタズラや態度は憎らしいほどですが、同時に子供らしい無邪気さやユーモアが暗くなりがちな現実を明るく照らしています。
それらの描写は、前述した前作『タンジェリン』でも同様で、苦しい現実を厳しいだけではない明るさとユーモアを交えて描くことで人生の多面性をポップに表現しているのです。
そんな本作で最も観客の共感を得るのは、モーテルの管理人ボビーでしょう。名優ウィレム・デフォー演じるボビーは、ムーニーをはじめトラブルを起こしまくるモーテルの住人たちを日々苦々しく思いながらも、簡単に突き放すようなことはしません。
手放しで彼らを受け容れることはしないけれど、彼らの立場や状況を理解して酌量しているのです。世界は確かに厳しいけれど、ボビーのようなキャラクターが作品に存在することが、弱者を優しく見つめる監督の視点につながっています。
本作は、親子が追い詰められた最終盤に、ある魔法がかかります。それは夢と魔法の国の外側で小さな楽しさを日々見つけていたムーニーたちにとって、ひとつの冒険であり大きな魔法です。しかし、それは現実の厳しさからほんの少しだけ抜け出した刹那の魔法であり、観客に委ねられたその先の解釈に、子どもたちの未来を思わずにはいられないのです。
キラキラと輝く魔法が解けるほろ苦さの予感もまた、弱者を見つめるショーン・ベイカーの作家性なのかもしれません。
▼Information
『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』
http://kibou-film.com/
5月12日(土)ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿バルト9ほか全国ロードショー
▼中井圭 プロフィール
兵庫県出身。映画解説者。WOWOW「映画工房」ニコ生公式「WOWOWぷらすと」「シネマのミカタ」TOKYO FM「TOKYO FM WORLD」などに出演中。「CUT」「STUDIO VOICE」「michill」「Numero TOKYO」「観ずに死ねるか」シリーズなどで映画評を寄稿。東京国際映画祭や映画トークイベントに登壇し、映画解説を展開。面白い人に面白い映画を観てもらって作品認知度を高めるプロジェクト「映画の天才」や物事に関心のある人を増やすPJ「偶然の学校」などを主催。
◆vol.26 スピルバーグが描く仮想現実『レディ・プレイヤー1』
◆vol.25 恐怖のゲーム再び『ジュマンジ/ウェルカム・トゥ・ジャングル』
◆vol.24 報道の自由を“今こそ”問う『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』