子どものころ、僕らはみんな旅人だった。想像の翼を生やして目をつむれば、パリの路地裏にだってウガンダの湖畔にだって飛んで行けたのだ。今は旅に行きにくい? いやいや、仕事の合間のたった60分でいい。想像力と好奇心を携えて仕事場を飛び出せば、見慣れた街が旅先になる。さぁ、60分の旅に出かけよう! 今回の旅先は表参道エリアだ。
「表参道っておしゃれ!」と思っていた昨日までの自分に喝を入れたい。60分、旅人の気分でこのエリアを歩いてみたら、あら不思議。おしゃれなだけじゃない表参道が見えてきたのだ。
たとえばビル。表参道を歩きながらちょっと見上げてみると、おしゃれなビル、古いビル、なんともいえないユニークなビルが混在していることに気づく。
なかには、こんなビルも。
ほ、ほそい! 両手を広げれば端から端まで届いてしまうくらいの、ウエハースを思わせるようなビルで、老舗ドッグサロンが営業していた。なんだか抱きしめたくなるビルだ。
青山通り沿いには「善光寺」がある。江戸の地誌である「江戸名所図会」によれば、ここはかの有名な長野の善光寺の別院。もとは永禄元年(1558年)に東京・谷中の地に創建され、江戸時代の宝永2年(1705年)にこの場所に移されたんだって。
立派な仁王門を眺めていたら、謎の草鞋(わらじ)を発見。そのくたびれ具合から察するに、ここにかけられてずいぶん日が経っていそうだ。いったいいつ、誰が、なんだってこんなところに? 江戸時代、酔っ払いが忘れていったんだろうか。
善光寺でお参りをしてから少し歩くと、これまたおもしろい風景に出くわした。
おしゃれないでたちの商業施設やマンション、緑豊かな緑地があるこの場所は「ののあおやま」というらしい。商業施設は「森の商店街」がコンセプトというだけあって、都会の真ん中だけど自然を感じることができる。なんだかトイプードルを散歩させたくなる場所だ。なんとなくだけど。
そして、その目の前には、しっかりと時をその身体に染み込ませた、いかにも「ザ・昭和の団地」といういでたちの建物が。
この新旧のコントラストは、最初に訪れるとちょっとびっくりする。なんでも「ののあおやま」は、1957年~1968年に建てられて老朽化していた都営住宅団地「青山北町アパート」を東京都が高層・集約化して建て替え、その用地を民間が活用して複合市街地を形成する「北青山三丁目地区まちづくりプロジェクト」としてつくられたらしい。
それにしても、今もなおのこる「青山北町アパート」の建物は、なんとも哀愁が漂っている。眺めていると、ここが青山通りのすぐ脇だということをすっかり忘れてしまう。
このエリアに混在する新旧の建物を眺めていると、まるでむき出しになった地層から時の重なりに思いを馳せるように、昭和、平成、令和……と積み重ねてられた歴史を感じることができる。
「青山北町アパート」のとなりには、これまた哀愁漂う公園も。
「区立北青山三丁目児童公園」というらしい。だけど、たぶんみんな「くじら公園」って呼んでるんだと思う。「くじら公園でサッカーしようぜ!」って言ってる少年たちの姿が目に浮かぶ。
そんな公園の横には、ん? これはなんだろう。ナンバーとタイヤがついていて、どうやら車で牽引できるトレーラー・キャビンらしい。
「コーヒースタンドか?」と思って外にかけられたメニューをのぞいてみると、「WE ONLY THINK ABOUT BEER(私たちはビールのことだけ考えています)」の文字。なるほど、ここ「BEER BRAIN」は、海外と日本のクラフトビールを楽しむことができる移動式クラフトビール専門店なのだ。
なんでもこの手作りのキャビンは、「昼間に隠れてビールが飲める小屋」をイメージして作られたそう。そんなこと言われたら、飲まないわけにはいかないじゃないの! ということで、旅行(という名の取材)中だけど隠れて一杯。オーストラリアのブルワリー「Sailors Grave Brewing」のクラフトビール「Lemon Meringue Sour」のSmallサイズ(¥650)をいただいた。
プハー!うまい。ほどよく酔いもまわってきたところで、そろそろ作業に戻らなくちゃ。ほんの少し普段歩く道をはずれるだけでまったく新しい景色に出会えるから、60分バックパッカーの旅はやめられない。とくに表参道は、10メートルずれただけで令和から平成、昭和、なんなら江戸時代までタイムスリップした気持ちになれる、ダイナミックな旅が楽しめるから楽しいのだ。
本日の60分の旅、これにて終了!
A:表参道駅
B:ほそいビル
C:善光寺
D:ののあおやま
E:北青山三丁目児童遊園
F:ビアブレイン