渋谷にミイラが出現?! 古代エジプト・コレクションでひも解く死後の旅

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新型コロナウイルスの影響で外出が少なくなった今日。
ネットTVを見すぎた筆者は渋谷のスクランブル交差点で、ついつい「ここでゾンビに囲まれたら終わりだな」なんて想像してしまいました。

ここ十数年、ゾンビに襲われる映画やドラマ、ゲームが多数ヒットし、日常生活を送りながらも画面を通してゾンビを見慣れてしまった私たち。しかしゾンビが流行する前、ホラー映画の中心にいたのは、包帯でぐるぐる巻きになったミイラでした。

そんなミイラがこの春、はるばるオランダから渋谷へやってきたことをご存知ですか。

エジプト文化の真髄! まずは基礎知識をおさらい

「ライデン国立古代博物館所蔵 古代エジプト展 -美しき棺のメッセージ-」は、2021年4月16日(金)から6月27日(日)まで渋谷にあるBunkamuraザ・ミュージアムで開かれています。海外渡航が叶わない今、都心で気軽にミイラに会える、またとない機会です。

世界最古の国立博物館のひとつであるライデン国立古代博物館が所蔵する、エジプト・コレクション約2万5,000点の中から厳選された200点以上が展示されています。

一般的にイメージされる古代エジプトの文化といえば、ミイラ、ピラミッド、ファラオ、棺、象形文字などでしょうか。これらは、人の「死」にまつわるものが多く含まれています。世界的に見ても、これほど葬儀や死生観にスポットライトが当たる文化は珍しいといえるでしょう。また古代エジプト人が望んでいた死後の世界はとてもユニークで、私たちの好奇心を刺激してくれます。

左《ネヘムスウのカルトナージュ棺》第3中間期、第22王朝(前943-746年頃)/ 右《ハレレムのミイラ》後期王朝時代、第25王朝から第26王朝(前722-525年頃)
《パディコンスの『死者の書』》第3中間期、第21王朝(前1076-944年頃)
左から《ウアフイブラーのカノポス壺》後期王朝時代(前722-332年頃)、《イレトウのカノポス壺》後期王朝時代(前722-332年頃)、《楕円形のカノポス壺》中王国時代(前1980-1760年頃)

ホラー映画を見た記憶からか、ちょっぴり怖さを覚えるものの、ミステリアスで、私たちを夢中にさせる古代エジプト。来場者はひとりの探究者として本展を、古代エジプトの「探検」、「発見」、「調査」そして「スキャン」をテーマに、17世紀末から現代まで時代を巡って、古代エジプトの魅力を探究していきます。

時を駆ける展覧会!5000年以上前の副葬品も

紀元前5000年~前4000年頃にナイル川流域で誕生したとされる古代エジプト文明は、前30年のローマ帝国による征服まで、およそ30の王朝によって支えられました。そして18世紀末、ナポレオンは軍事遠征で訪れたエジプトからロゼッタ・ストーンを持ち帰り、大著『エジプト誌』を刊行して、ヨーロッパに空前のエジプトブームを起こします。

左《ロゼッタストーン(レプリカ)》1972年 /中央上《敵を討つラメセス2世》1832-34年、中央下《外国から連れてこられた動物》1832-34年/右《テーベの貴族墓に描かれた文様》1832-34年

ヨーロッパの調査隊を中心に発掘調査が進み、多くの遺跡が発見されます。紀元前の遺物に関して、本展では主に新王国時代(前1539-1077年頃)のものを中心に展示していますが、中には先王朝時代(ナカーダI期 前5000-2900年頃)、実に5,000年以上も前の遺物も数点あります。

左下《ワニの描かれた埦》先王朝時代、ナカーダI期(前3750-3650年頃)、右上《船の描かれた壺》先王朝時代、ナカーダII期(前3500-3300年頃)

5,000年なんて、途方もない時の流れに思わず目まいがしてしまいます。さらに、ワニだと素人目でもわかるほど図柄が鮮明に残っていることに驚きを隠せません。

古代エジプト人は、世界創造神のアトゥムをはじめとする神々がエジプトに繁栄をもたらすと信じていました。ファラオ(王)もその王権を神々の力を借りて正統化していたのです。神々への信心は日常生活だけでなく、死後も続きます。

上《護符とビーズの首飾り》新王国時代(前1539-1077年頃)/下左から4点《黄金の耳飾り》新王国時代、第18王朝(前1539-1292年頃)、《牡牛の耳飾り》グレコ・ローマン時代、プトレマイオス朝(前304-30年頃)

副葬品には、皿などの日用品や宝飾品だけでなく、死者の旅に寄り添う独自のアイテムが準備されました。というのも古代エジプト人にとって、死はあくまでも一時的な通過点で、最終目的は神オシリスとなって「来世で永遠の生を受ける」ことです。そのため人は死後も、現世と同じように多くの危険や障がいを乗り越えて旅をしなければいけません。

そのため墓や棺には、死者が死後の世界で安全に過ごして、来世に確実にたどり着くように呪文や護符のほか、来世での生活のために副葬品や供物を用意しました。

左《アメンヘテプ・フイのピラミディオン》新王国時代、第18王朝、アメンヘテプ3世の治世(前1390-1353年頃)、右《ホルミンの供養像》新王国時代、第19王朝、セティI世からラメセス2世の治世(前1290-1213年頃)

たとえば正しい呪文を記した供養像、供養碑を墓に設置すると、死者は神様から永遠に食料を供給されるとされました。また小さな「シャブティ」と呼ばれる人形のようなものは、来世で死者の代わりに労働を行う人員として副葬されました。故人の顔に似せてつくられましたが、使用人として扱われたのです。

左から《メリのシャブティ》新王国時代、第18王朝、アメンヘテプ3世の治世(前1390-1353年頃)、《ビアトのシャブティ》新王国時代、第18王朝、アクエンアテンの治世(前1353-1336年頃)、《タァのシャブティ》新王国時代、第19王朝(前1292-1191年頃)

シャブティは2,000年にわたって葬祭用具として使用されました。日本でいえば、弥生時代に興った、ハニワなどの文化を現代でも続けていることになります。古代エジプト人にとって葬儀がいかに大切で、継承していくべき文化だったかというのがわかりますね。

棺が並ぶ圧巻の立体展示空間は国内初の試み

第三章の「エジプトを解読する」では、年代に順じて半円状に立てて並べられた12点のミイラの棺などがお目見えします。国内初の試みである立体展示ですが、棺の細部まで鑑賞できたため、筆者個人としては初めてミイラの棺を見たときよりも「美しい」と感じました。

年代順に並べると、時代ごとの作り手の意思や装飾などの変化を見比べることができます。展示された棺はいずれも、墓が簡素化して棺が豪華になった紀元前1000年~紀元前700年頃のものですが、その間に棺の色は黄から黒、黄土、そして白(クリーム)へと変わっていきます。

左から2点《アメンヘテプの内棺(身・蓋)》、《アメンヘテプのミイラ覆い》いずれも第3中間期、第21王朝(前1076-944年頃)

古代エジプトにとって、色は呪力を高めるために必要なものです。ただ装飾として使用するのでなく、意味をもたせていました。

装飾についても時代ごとの変化が見てとれます。例えば木棺のフォルムでいえば、立体的だった手と腕は次第に簡素化していき、造形がないミイラ型に落ち着きます。表面や内部に描かれているモチーフも、はじめはカラフルな絵が主体でヒエログリフは飾り文様みたいでしたが、〈パネシィの外棺〉では絵と文字が同じ線で描かれるようになりました。

潔くデザインを削いだ点は、ヨーロッパ美術史の大転換点でもあるオランダの「デ・ステイル」の流れに少し似ています。時代や地域が変わっても、装飾を極めるとシンプルに振り切れるのがデザインの自然な流れなのでしょうか。人間の行動や思想の根幹はいつの時代においても、共感できる部分があるのかもしれませんね。

その後〈ハイトエムハトの棺〉では、クリーム色の木棺に浮かび上がる色鮮やかな文様が美しく、これまでとは違って余白を残したデザインとなっている点が印象的です。故人を理想化した頭部はいささかシンプルですが、背面に描かれたヒエログリフは、鳥の羽や動物の毛など細部まで精密に描かれています。棺には故人が来世で生を受けるための強い想いが込められているようです。

CTスキャンで見る古代エジプト研究の未来

ライデン国立古代博物館の初代館長であるJ.C.ルーヴェンス氏は当時、将来的な技術の進展を見越して、ミイラの包帯をほどくことや解剖を取りやめるという英断を下しました。その結果現代まで、ほぼ無傷な状態でミイラは保管されていたのです。

最後の章「エジプトをスキャンする」では、ミイラをCTスキャンした研究結果を、実際のミイラと一緒に見ることができます。元々人間だったミイラが並んでいる区画は、若干空気が重く感じられます。来場した人々も、少し遠慮がちにミイラ本体を覗くという印象でした。

しかし研究内容はとても興味深く、CTの動画を思わず食い入るように見てしまう人も。CTスキャンでは包帯をほどくことなく、ミイラ内部の様子を確認でき、多くの情報を得ることができます。今回の調査で体内に埋められた土製人形のようなものの存在が新たに明らかになりましたが、まだどのような意味をもつかは解明されていません。

ほかにも、エジプト周辺は砂漠地帯のため、女性のミイラからは、パンなどの食糧に含まれる砂や小石で歯が激しく摩耗していた事実が判明しました。CTスキャンによる探究はまるで当時の人々と同じ目線で、ミイラとなった人間の生活を覗き見るようです。

古代エジプトだけでなく、かつて芸術品や文化財が研究などのために破壊を免れない場面もありました。しかし今後、最新の技術による破壊の要らない調査研究が進められると、文化への敬意を表し、ときにはその文化を背景とする人々の尊厳を守りながら解明していくことができるのです。

敬愛する人を想う古代エジプトの文化

今回の古代エジプト・コレクションを目の前にして、どのような感想が浮かぶでしょうか。
美しい、丁寧、かわいい、やっぱりまだ薄気味悪い?

生きた時代も地域も遠く離れていますが、古代エジプト人と現代の私たちには大きな共通点があります。それは「人間であること」。

「当たり前じゃないか!」と怒る人もいると思いますが、実は単純ながら、とても大切なことです。同じ人間であれば、価値観や言葉は違えど、同じ器官を持ち、同じように感じ取り、考えます。そのため、コレクションを前にしたとき、現代の来場者が感じたものを古代エジプト人も同じように感じているかもしれません。

左手前《王の書記パウティのピラミディオン》新王国時代、第19王朝、セティI世の治世(前1290-1279年頃)、右奥《イウイウの供養像》新王国時代、第18王朝(前1539-1292年頃)

死への恐怖は等しく人々に訪れます。その恐怖を安らげるために、多くの宗教では死後の世界が生まれました。そして大切な人が、遠くへ旅立ってしまう悲しみと恐怖を鎮め、慰めるために弔いの文化も生まれたのです。

コレクションの丁寧で、精彩なつくりに、愛情の深さを感じられませんか。ひとつひとつのコレクションには、死者や遺族を想う人々の心が詰まっています。だからこそ3000年という長い長い年月の中、しきたりを忠実に守り、ときには進化させ、神々を総動員して愛する人々の壮大な旅路を見送っていたのです。ミステリアスな見た目に潜んだ、そんな人間味がもしかしたら古代エジプトのひとつの魅力かもしれません。

コロナ禍で移動ができない今、心だけでも歴史の旅に出かけてみませんか。

【2021年5月14日時点】
※緊急事態宣言により、当面の間、臨時休館を継続させていただきます。
最新の情報はBunkamuraHPをご確認ください。

【ライデン国立古代博物館所蔵 古代エジプト展 -美しき棺のメッセージ-】
URL:https://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/21_leidenegypt/
会場:Bunkamura ザ・ミュージアム
http://www.bunkamura.co.jp/museum/
開催期間:2021/4/16(金)~6/27(日)
※4/27(火)、5/18(火)、6/8(火)のみ休館
開館時間:10:00-18:00(入館は17:30まで)
毎週金・土曜日は21:00まで(入館は20:30まで)
※5/8(土)まで金・土曜日は20:00まで(入館は19:30まで)
※展覧会概要のほか、内容は変更になる可能性もございますので最新情報はBunkamura HPまでご確認ください。

※記事の内容は公開時点の情報です。価格等の情報については変更している可能性がありますのでご了承ください。
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この記事を書いたライター
小林有希
KOBAYASHI YUKI
フリーランスライター。ベルリン崩壊時のドイツで幼少期を過ごした影響か、西洋美術に傾倒。アパレルでバイヤー業を経験。ライター転向後は、紙、WEB問わずファッション、アート、映画、世界遺産など多分野で執筆中。
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