明るいカラーパターンに、シンプルながら印象的なフォルム(形)。
そしてライフスタイルに永く寄り添う機能的なデザイン。
日常生活を取り巻くインテリア家具やテキスタイル、食器などで人気の“北欧デザイン”ですが、その多くにフィンランドデザインが含まれています。この冬、フィンランド各地から集めた50人以上のデザイナーやアーティストの作品が、渋谷Bunkamura ザ・ミュージアムに届きました。
12月7日よりスタートした展覧会『ザ・フィンランドデザイン展 自然が宿るライフスタイル』では、フィンランド国内でも困難と言われていた数々のコレクションから、近代化とともに発展したデザインの歴史を紐解きます。いわばフィンランドのベストメンバーが一堂に会するチャンスなので、見逃してはもったいない!
彼らの作品は、世界に1つだけのアートピースとは限りません。多くはプロダクト化されて人々の暮らしを豊かにするだけでなく、フィンランドを世界的な“デザイン大国”へと成長させました。
今や、私たちのライフスタイルにさえなじむ“フィンランドデザイン”。好みのデザインか、家のどこに飾りたいかなど、実際に使うシーンを想像しながら鑑賞すると、より楽しむことができそうです。
私たちがフィンランドデザインに感じる“扱いやすさ”、“親しみやすさ”。それらのイメージは偶然の産物ではなく、実は国策によってつくられたものです。
1917年にロシアから独立したフィンランドが、民主主義の改革を進めるための手段として見出したのが「モダニズム」でした。豊富にある木材を利用した工芸を、国の重要な産業として定めて、近代デザインの発展に注力したのです。そんな中、“形は機能に従う”という考えをもとに、「大量生産」を見込み、シンプルかつ合理的な「実用美」を目指して生まれたもののひとつが食器でした。
フィンランドの多くの家庭で使われているというのが、このアラビア製陶所の「BAキルタ」シリーズ。カイ・フランクが生んだ不朽の名作で、余分な装飾を省いてカラーのみに留めた、シンプルで機能的なフォルムが特徴です。
伝統的なヨーロッパのテーブルウェアは肉用、スープ用、オードブル用などメニューによって使うものが決まっています。しかし用途を限定せず、手持ちの食器とも自由に組み合わせを楽しめるフィンランドの食器によって、それまでのしきたりは覆されたのです。
アルヴァ・アアルトの《41 アームチェア パイミオ》も、機能主義を象徴するデザインとして有名です。元々はアアルトが設計した結核療養所内で、患者がリラックスするための椅子としてつくられました。
装飾はないものの、挽き曲げ技法で有機的なカーヴを描いた白樺のアーム部分が、椅子の個性を主張しています。しかし実際には、患者が立ち上がりやすい角度から生まれた曲線であり、シンプルな背もたれも患者が呼吸しやすい110度の傾斜に設定されたものです。このフィンランドらしい「実用美」を備えたデザインは、今日でも人気を博しています。
モダニズムの機能主義的なデザインは、フィンランドという若い国が成長していくうえで必要不可欠な手法でした。しかし、本展でより注目したいのは、作品に宿る“フィンランドの自然”です。
1950年代初め、ミラノトリエンナーレでフィンランドデザイナーたちは数々の賞をとり、メディアから注目を浴びました。1950年代は「黄金時代」と呼ばれており、機能主義から脱却して作家独自の路線へ、アートの制作へと踏み出した時代です。当時、世界的な芸術祭で評価されたのは、フィンランドの雄大な自然からインスピレーションを得た作品たちでした。
国土の7割を森林が覆い、18万以上の湖を有するフィンランドでは、“自然との共生”は生活の一部であり、人々にとって守るべき大切なものです。その感性を受け継ぐデザイナー、アーティストたちが、自然を創作の源とするのは至極当然のことだったのでしょう。
デザインで比べると、黄金時代以降とモダニズムの頃では違いが一目瞭然です。プレスガラスの食器《「ボルゲブリック」花瓶、ボトル》は大量生産の効率性を考慮した花瓶のため、自然の要素は一切ありません。「ボルゲブリック」は「波紋」を意味します。層状の表面が波立つ水面のようにも見えるため、気泡が入っても気にならない、むしろ美しいのです。対して、ガラス工芸技術を結集させた《氷山(プリズム)》はその美しい彫刻的なフォルムで、見る者に即座に北極の氷を想起させます。
自然は工芸だけでなく、1950年代に流入した抽象主義的アートピースの題材ともなりました。
ルート・ブリュックは、身の回りにある自然を題材に、セラミックタペストリーを制作しました。釉薬を駆使してスカイブルーに彩られた小さな陶片が立体的に連なり、夏の湖に浮かぶ青い雲のようですこの抽象主義は後に、フィンランドのテキスタイルや家具のデザインに大きな影響を与えたといわれています。
フィンランドの北部は11月から5月まで雪シーズンというほど、1年のうち大半が雪や霜に覆われており、人々は冬ごもりに備えます。建築においても自然光を最大限取り込むように工夫されていますが、長く厳しい冬を乗り越えるには、心を健やかに保つインテリアが欠かせません。
日照時間が短い冬には、室内を穏やかに灯す間接照明やキャンドルが活躍します。それらで照らされるのがさまざまなカラーとパターンで装飾されたファブリックです。元々は機能主義的なインテリアを“やわらげる”ために淡い自然なカラーが一般的でしたが、50年代の抽象主義の影響、そして60年代に染めや印刷技術の発展も相まってテキスタイルは彩り豊かになっていきます。
テキスタイルには、夏の太陽を想起させるような鮮やかなカラーのほか、自然のモチーフが多く含まれています。テーブルクロス、ナプキン、クッションカバー、もしくはカーテンに楽しげなテキスタイルを取り入れることで、外の自然を持ち込み、家の中を満たしたのです。
そしてテキスタイルデザインはインテリアだけでなく、ファッションにまで及びます。ブランド〈マリメッコ〉は一過性の流行に左右されない、マリメッコ的なライフスタイルのひとつとしてプリントテキスタイルを提案しました。
ブランドの広告写真はスタジオでの撮影が一般的だった当時、マリメッコは自然の中で撮影をし続け、ブランドイメージや哲学を明確に消費者に伝えたのです。これは“私らしさを求める”個人主義が台頭した1960年代において、強烈な個性として映り、世界の注目を浴びました。このようなマーケティングを通じて、マリメッコはフィンランドのテキスタイルのイメージを広めたのです。
しかし、自然を題材とする作品やデザインは多く存在するのに、なぜここまでフィンランドデザインは人の心を惹きつけるのでしょう。
あくまでも筆者個人の考えですが、クロード・モネの《睡蓮》しかり、伊藤若冲の《動植綵絵》しかり、多くは自然をモチーフとして、もしくは装飾の一部として扱っています。アーティストたちは外側から観察者の視点で自然を捉えているため、作品に残されるのは視覚的情報がメインです。
一方、フィンランドデザインにおいては、自然の本質に迫るような美しさを感じられます。自然を本能的に捉え、真なる美しさだけで再構成しているようです。それはフィンランドで生きるには“自然との共生”が当然であり、自分自身が自然の“中に”あると考えているからかもしれません。
まさに“自然が宿る”作品。
フィンランドデザインは“見て楽しむ”というよりも“体験する”ものだとも感じました。
四季折々を楽しめる日本にいながら、おこもり生活を強いられたこの2年。もしかしたら知らず知らずのうちに、心が枯渇しているのかもしれません。感受性が研ぎ澄まされている今だからこそ、自然の本質的な美しさを宿し、人々の発展を象徴するフィンランドデザインを体感するチャンスです。Bunkamuraでフィンランドの恵みを受けて、心を満たしてみませんか。
※最新の情報はBunkamura HPをご確認ください。
【ザ・フィンランドデザイン展 自然が宿るライフスタイル】※日時予約制(一部日程)
URL:https://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/21_Finland/
会場:Bunkamura ザ・ミュージアム
http://www.bunkamura.co.jp/museum/
開催期間:1/30(日)まで開催中 ※1/1(土・祝)は休館
開館時間:10:00-18:00(入館は17:30まで)
毎週金・土曜日は21:00まで(入館は20:30まで)
※会期中の全ての土日祝、および最終週の1月24日(月)~30日(日)はオンラインによる入場日時予約が必要となります。
Bunkamura ザ・ミュージアムHPにて詳細をご確認ください。
※展覧会概要のほか、内容は変更になる可能性もございますので最新情報はBunkamura HPまでご確認ください。
※記事の内容は公開時点の情報です。記載している情報については変更している可能性がありますのでご了承ください。