筆跡に滲む憧憬 【ミロ展―日本を夢みて】が開幕

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「ジャポニズム」と聞くと、美術好きの人なら「ゴッホ」「ピカソ」「ロートレック」と、早押しクイズのように次々と巨匠たちの名を挙げるでしょう。浮世絵の大胆な構図、色彩表現などは多くの芸術家の血肉となり、世界的な作品へと昇華されました。

同じように、日本文化への深い憧れがあったスペインの画家ジュアン・ミロ。そう聞くと、ミロはジャポニズムの影響を受けた芸術家の内の1人、“one of them”のように聞こえるかもしれません。ミロはシュルレアリスムの画家として、具象と抽象の中間を描くような無邪気な作風を中心に研究されており、日本との関係性については作品が “禅”や“書”のようだと言われてきたくらいの認識です。

2月11日より渋谷Bunkamura ザ・ミュージアムにて開催されている【ミロ展-日本を夢みて】では、彼の生涯を振り返りながら、日本との関係性を読み解きます。いかに日本美術や精神がミロの芸術に影響しているか、約130点もの作品や資料とともに、丹念に辿っていく本展。スペインらしい赤・青・黄の壁面をバックに会場を周っていくと、鑑賞者は最後、作品を見てこう漏らすでしょう。
“これは「書」だ”、と。

日本に住み、文化とそれを支える精神を継承してきた私たちが思わず納得してしまうような、ミロと日本の“相思相愛”の関係性。一体どんなものなのか、初期の作品から見てみましょう。

「素晴らしく優雅で、日本的だ」

ミロが画家としてデビューした1910年代後半は、パリの画壇ではフォービスムとキュビスムといった革新的な芸術運動が生まれ、ダダイズムやシュルレアリスムへと移行していた時期です。つまり伝統的な絵画技法に反発したモダンアートが産声を上げたタイミングで、ミロも当然、運動の影響を受けながらも新たな芸術の在り方を模索していました。

ミロがジャポニズムに傾倒したきっかけは、彼が生まれた環境に関係します。彼の故郷であるスペイン・バルセロナは、1888年に開催した万国博覧会を機に、空前のジャポニズム・ブームに沸いていました。また、ミロの生家の近所には日本美術の輸入販売店があり、幼い頃から日本の文化に接していたと考えられます。

ジュアン・ミロ 《アンリク・クリストフル・リカルの肖像》 1917年 油彩・コラージュ、キャンバス ニューヨーク近代美術館
© The Museum of Modern Art, New York. Florene May Schoenborn Bequest, 1996 / Licensed by Art Resource, NY
© Successió Miró / ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2021 E4304

ミロの日本美術への関心を示す証拠として、本展入口すぐに掲げられた《アンリク・クリストフル・リカルの肖像》では、友人リカルの後ろに浮世絵がコラージュされています。初期は、モチーフを単純化しながら色の表現に集中していたようです。同時期に描かれた風景画の《シウラナ村》においては一見、日本的なものは画面上にありません。

ジュアン・ミロ 《シウラナ村》 1917年 油彩、キャンバス 吉野石膏コレクション(山形美術館寄託)
© Successió Miró / ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2021 E4304

しかしミロが友人に宛てた手紙では、このように記していました。
「一枚の草の葉には、一本の木や、山と同じだけの魅力がある。これを原始の人々や、日本人のほかは、誰もがこれほど神聖なことを見過ごしている」(ラフルス宛書簡、1918年8月11日)

当時、ジャポニズムは“最新鋭の表現”方法として再発見され、注目されていました。透視図法を基本に、陰影で立体感を出す伝統的な西洋絵画の常識を打ち破るような、日本の浮世絵は鮮烈な印象だったことでしょう。平面的な画面構成や、“八百万の神”を謳う神道の精神世界観など、このときのミロはまだステレオタイプな日本像に憧れていたといえます。

「私は絵画と詩とを区別しません」

1920年代に入り、画家として頭角を現し始めたミロの作品において、すっかり“日本”は影を潜め、シュルレアリスム的な表現が目立ちます。無意識の中で捉える線や、現実の具象的フォルムから浮かび上がった線を色とともにキャンバスに落とし込んで、制作が進められました。

ジュアン・ミロ 《絵画(パイプを吸う男)》 1925年 油彩、キャンバス 富山県美術館
© Successió Miró / ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2021 E4304

ミロの作品は自由奔放に、感じるままに描いているように見えます。しかし、実は複数の素描を元に、素材や色の扱い方、線の描き方すべてにおいて、緻密に構成されているのです。《絵画(パイプを吸う男)》もパイプから出た黄色い煙が人物の横顔と同じように湾曲しており、意図的にこの線・この色で描かれたことがわかります。

同時期、ミロは“文字”にも強い関心を寄せていました。文字は本来、伝達手段であり、カリグラフィーなどの装飾文字もありますが、その表現の母体は単語や文章がもつ意味や、それらの音にあります。

ジュアン・ミロ 《絵画(カタツムリ、女、花、星)》 1934年 油彩、キャンバス 国立ソフィア王妃芸術センター
Photographic Archives Museo Nacional Centro de Arte Reina Sofia, Madrid © Successió Miró / ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2021 E4304

ミロはそんな通説を無視するかのように、《絵画(カタツムリ、女、花、星)》では、タイトルにある単語をフランス語で散りばめました。日本の“書”のように、文字の形、書き方に手を加えて、モチーフと同じように描いたのです。ただし、この時点ではまだ鑑賞者は「文字」として認識できるので、言葉の意味が作品にどう関係するか考えてしまうでしょう。

1940年頃からミロは日本の墨と和紙を用いて、描線の太さや濃淡の実験を繰り返していました。一旦は影を潜めた“日本”は、ミロの書道への関心によって画面に再度表れるようになったのです。

ジュアン・ミロ 《ゴシック聖堂でオルガン演奏を聞いている踊り子》 1945年 油彩、キャンバス 福岡市美術館
© Successió Miró / ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2021 E4304

11年後に描かれた《ゴシック聖堂でオルガン演奏を聞いている踊り子》の中央には、それ単体ではオルガンとはわかりにくい、けれども象徴的な形を成した線描画が描かれています。日本の小学校では、漢字の成り立ちはモノの形に由来するとまず学びますが、作品のオルガンはまさに漢字の進化途中のように、線描画と文字の中間のような存在です。このようにミロの作品では、絵と文字の見分けがつかない、もはや交換可能な存在にまでになりました。

「私の絵画はますます身振り的になっていると思います」

ミロの日本への憧れは、モンロッチのアトリエに飾られた民芸品や拓本類からも見てとれます。戦後、ミロは陶器制作に熱中し、日本文化にも造詣の深い陶芸家ジュゼップ・リュレンス・イ・アルティガスと共同制作を始めました。

そして1966年、初来日を果たしたミロはインタビューにて「長い間、日本を夢みていた」と積年の想いを口にします。2週間ほどの滞在で各地を巡り、世界で初めてミロの学術論文(モノグラフ)発表した瀧口修造や芸術家と対面するほか、書家や陶芸家を訪ねて精力的にその技を学びました。

「私の絵画はますます身振り的(gestural)になっている」(マーギット・ローウェルによるインタビュー)

ジュアン・ミロ 《絵画》 1966年 油彩・アクリル・木炭、キャンバス ピラール&ジュアン・ミロ財団、マジョルカ
Fundació Pilar i Joan Miró a Mallorca Photographic Archive © Successió Miró / ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2021 E4304

この言葉にあるように、ミロが帰国後に描いた《絵画》はこれまでの緻密な構成からかけ離れた、“ライブ感のある”作品でした。滲みや撥ね、濃淡、かすれ、そして絵具の滴り。キャンバスとなる支持体と、絵具などの画材との相性を研究していたミロですが、日本での書家との交流を経て、筆の払い方にまで表現を見出し、作品へと落とし込んだのです。

初来日時に毎日新聞社の社屋で制作した《祝毎日》は、漢字が書かれているのに絵画的に感じられます。一方、第6章に掲げられた作品群は、筆跡は文字の体裁をなしていないにもかかわらず、直観的に鑑賞者は「書」であると確信してしまうような、筆の圧力を覚えてしまうのです。

これまでミロの研究においては、サブテーマだった「日本との関係性」を丁寧に紐解いた本展。タイトルにある「日本を夢みて」に、“本当に?”と懐疑的だった人もいるのではないでしょうか。まさに筆者がその一人でした。

本展で、初期の作品からミロの多彩な芸術を辿っていくと、ミロが日本を愛し、咀嚼して理解を深め、独自の境地に至った過程を追体験しているかのような感覚に陥ります。だからこそ私たち鑑賞者はエンディングで、ミロの「結実」を突如、感覚的に理解してしまうのではないでしょうか。

もちろん、第6章で見る作品群はミロの「集大成」や「代表作」とイコールするものではないかもしれません。あくまで“日本との関係性”というフィルター越しに鑑賞してきた本展の終着点です。

具象と抽象の間をさまよう無邪気なミロの作品は、なかなか頭では捉えにくいものがあります。しかし本展を機に、私たちはこれまでより強くミロに親近感を覚え、心が素直に反応することでしょう。

※最新の情報はBunkamura HPをご確認ください。

【ミロ展-日本を夢みて】※日時予約制(一部日程)
URL:https://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/21_Finland/
会場:Bunkamura ザ・ミュージアム
https://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/22_miro/
開催期間:4/17(日)まで開催中 ※3/22(火)は休館
開館時間:10:00-18:00(入館は17:30まで)
毎週金・土曜日は21:00まで(入館は20:30まで)
※会期中すべての土日祝および4月11日(月)~4月17日(日)は事前に【オンラインによる入場日時予約】が必要です。
Bunkamura ザ・ミュージアムHPにて詳細をご確認ください。
※展覧会概要のほか、内容は変更になる可能性もございますので最新情報はBunkamura HPまでご確認ください。
※記事の内容は公開時点の情報です。記載している情報については変更している可能性がありますのでご了承ください。

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この記事を書いたライター
小林有希
KOBAYASHI YUKI
フリーランスライター。ベルリン崩壊時のドイツで幼少期を過ごした影響か、西洋美術に傾倒。アパレルでバイヤー業を経験。ライター転向後は、紙、WEB問わずファッション、アート、映画、世界遺産など多分野で執筆中。
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