【ボテロ展 ふくよかな魔法】で気づかされる絵画を愛でる喜び

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4月29日(金)より渋谷Bunkamura ザ・ミュージアムでは南米コロンビア出身の美術家、フェルナンド・ボテロ自らの監修のもと、【ボテロ展 ふくよかな魔法】が開催されています。日本では26年ぶりとなる大規模な絵画展です。

初めてボテロを知る人であれば、カンヴァスの中の人物、動物、そして楽器や果物まであらゆるものが“ふくよかな”なことに驚くことでしょう。筆者が作品と対面したとき、その世界観に魅せられながらも、どのように受け取るべきか悩んでしまいました。つまり、「ボディ・ポジティブ」の視点で見るべきか。

ここ10年でファッション業界ではプラスサイズのモデルが登場し、人々が自分の体型をそのまま愛そうとする心が浸透してきました。世の中の流れから、このような視点で見る人もいるのではないかと考えたのです。しかし、ボテロ自身は「太った人を描いていない」と話しています。そして私自身、本展を通じてボテロの世界はそのような文脈で語られるものではないと学びました。

ボテロが描く“ふくよかな”世界は、彼が画家たるために見つけた独自の表現であり、画家として究めた様式なのです。そして鑑賞者の私たちに、絵画作品を愛でる喜びを思い出させてくれる魔法でもありました。

伝統絵画に学び、独自の様式を悟ったフェルナンド・ボテロ

フェルナンド・ボテロ《小さな鳥》1988年 ブロンズ 広島市現代美術館蔵
Bunkamura B1Fテラスに特別展示中!

フェルナンド・ボテロ(1932-)は今年90歳の現役美術家で、絵画だけでなく彫刻作品も制作しています。画家としてのキャリアは、初めて展覧会に参加した16歳から実に74年!

フェルナンド・ボテロ(1932-)

ボリューム感のある表現「ボテリズム」を開花させたのは1956年、マンドリンのスケッチをしたときです。サウンドホールを小さく描いてみるとマンドリンが膨らんだように見え、自分の画家としての表現がこのボリューム感にあると悟りました。以降、たびたびマンドリンやギターを作品中に描いており、その作風は1950年代後半から欧米で高く評価されました。

フェルナンド・ボテロ《楽器》1998年 油彩/カンヴァス 133x172cm

しかし1950年代はジャクソン・ポロックなどの抽象表現が主流で、多くの芸術家が伝統的なヨーロッパ芸術から脱却して、新たな表現を模索していた時代です。そんな中、ボテロは真逆を行きます。20歳でヨーロッパに渡り、スペインやイタリアでベラスケス、ピエロ・デラ・フランチェスカ、アングルといった巨匠たちの作品に学び、具象画を描き続けました。

本展6章で見られる「バージョンズ(翻案)」シリーズでは、巨匠たちの名作をボテロ様式で描いた作品を発表しています。このシリーズでボテロは、同じ主題(内容)でも様式(描き方)が変われば、別のアートができる可能性を示し、様式こそが絵画作品において重要だと主張したのです。そしてそれは、ボテロが画家として生きていくために欠かせない大切な主張でした。

人々に喜びを与えるボテロのふくよかな様式

フェルナンド・ボテロ《アルノルフィーニ夫妻(ファン・エイクにならって)》2006年 油彩/カンヴァス 205x165cm

ボテロの作品を見て、まず驚かされるのはカンヴァスの大きさでしょう。そのほとんどが1メートルを超すサイズで、ボリュームたっぷりの人物や動物たちも相まって、圧倒的な迫力があります。

ボテロがこだわり続けている様式については、本展第2章「静物」で探ってみましょう。静物画は、机の上などに置いてある物体(静物)を描くもので、ボテロがこだわった「描き方」に集中できるうってつけの絵画ジャンルです。

フェルナンド・ボテロ《オレンジ》2008年 油彩/カンヴァス 148x206cm

モチーフの中でも特にオレンジは最も単純な球体の形をしており、変形させるとオレンジではなくなってしまうため、最も個性を出すことが難しいモチーフといえます。ゴッホが描いたオレンジか、セザンヌが描いたか、誰が描いたかを判別するのには、画家の「様式」が欠かせません。

2008年に描かれた《オレンジ》は、へた部分から伸びる細い茎、溝が深い表面のくぼみで果物の膨張を表現しています。誰が見ても「ボテロが描いたオレンジ」であり、独自の様式として結実していることがわかります。

フェルナンド・ボテロ《黄色の花》、《青の花》、《赤の花》(3点組)2006年 油彩/カンヴァス 各199×161cm

ボテロにとって、対象をどのように「ふくらませるか」は、どう「表現するか」と同義です。となると気になるのが、“なぜそこまでボテロがボリューム感にこだわるのか”ということ。ボテロ自身は「ふくよかさは官能性を与えるための表現」であり、「絵画を見たときに感じる喜びは形の官能性によるものだ」と語っています。

ふくらんだ形の果物を見たときに感じ取るジューシーさや重量感、ふくよかな人のやわらかそうな肌など、視覚から刺激を受けると、味覚や触覚など他の知覚を呼び覚ますことがあります。その想起された感覚が心地よいと感じるもの、官能的なものであれば人は喜びを感じるでしょう。つまり、ボテロの“ふくよかさ”は、人々の絵画鑑賞を、知覚の伴う「体験」に変えるまでの心地よい刺激を与える表現ということができます。

ではなぜボテロがこの表現にこだわっているのか。それは、絵画を見たときの喜びを鑑賞者に与える表現だからではないでしょうか。

現実にありそうでない絵画的に調和のとれた世界

ボテロがボリュームのある表現を究めていく過程で、作品はデフォルメ化されていきます。デフォルメ化された世界、それは現実にありそうでない世界の姿です。

左から)フェルナンド・ボテロ《パーティーの終わり》2006年 油彩/カンヴァス 181x181cm、フェルナンド・ボテロ《寡婦》1997年 油彩/カンヴァス 203x169cm

本展は第3章の「信仰の世界」から「ラテンアメリカの世界」、「サーカス」と続きますが、いずれも、ボテロのルーツであるラテンアメリカでの人々の様子が描かれたものです。しかし、ボテロ自身は20歳でコロンビアを離れてから、母国に戻って定住することはありませんでした。そのため彼が描くラテンアメリカは、彼が現在進行形で見ている“現実そのもの”はなく、彼の記憶や心に残り、“現実にありそうでない姿”です。

ボテロ自身は「アートが普遍的であるためには、まずローカルでなければならない」と語っています。それは作品と真摯に向き合うために、自身のアイデンティティを軸にすべきだと信じているからです。しかし、宗教、故郷、そしてサーカスといった主題は、絵画的に探究するために、選んだものにすぎません。ボテロが心惹かれたのは、それぞれの世界とそこにある形、色、衣装や詩的な側面であり、それらをミックスして心に残っている故郷の世界を描いたのです。

フェルナンド・ボテロ《通り》2000年 油彩/カンヴァス 205x128cm

《通り》では人物のボリューム感を強調するために、遠近法を歪ませ、窮屈に感じるように建物を描いています。現実ではなしえないバランスでも、画面内で調和できるのが芸術です。人物の肌色、衣装の色、背丈、年齢、社会的地位をひとつひとつ異なるように描いていますが、建物の壁色とリンクさせるなど画面全体で調和をとり、共存するように構成されています。

このように現実にありそうでない、でも絵画的に調和のとれた世界を描いていたボテロ。描く主題ももちろん重要な要素ですが、ボテロが重視していたのは造形的、絵画的な探究であり、それが画家としてやるべきことだと感じていたのです。

フェルナンド・ボテロ《バーレッスン中のバレリーナ》2001年 油彩/カンヴァス 164x116cm

それは人物においても同じで、例えば《バーレッスン中のバレリーナ》では、身体の可動性よりもボリュームのある造形を優先して描いています。現実の世界では、相当鍛えていない限り、恰幅の良い女性がつま先だけで体を支えたり、脚を高く上げたりするのは不可能に近いでしょう。しかし不可能なことを可能にするバレリーナの姿は、まるでアニメのヒーローのように魅力的な姿で鑑賞者の目に映ります。

人々の理解と想像を満たす、絵本のようなボテロの絵画

左から)フェルナンド・ボテロ《キリスト》2000年 油彩/カンヴァス 255x192cm、フェルナンド・ボテロ《神学校》2004年 油彩/カンヴァス 151x193cm

ボリューム感のある現実にありそうでない世界を描くボテロの作品は、「ありそうにない詩」と形容されていますが、筆者はどちらかというと「絵本」を思い出します。絵本はストーリーが単純で、挿絵も子どもがわかりやすいように、丁寧でキャッチーに描かれていることが多い印象です。たった十数ページの本にもかかわらず、確かな読了感があり、“何度も読みたい”と感じさせます。これは「わかりやすさ」と「想像の余地」が共存しているからではないでしょうか。

絵画作品を余すことなく鑑賞し、何が描かれているものかを理解するには高い集中力を要するので、なかなか難しいものです。しかしボテロの作品はシンプルな構図、一目で何が描かれているかわかるうえ、人を惹きつける色彩豊かな想像世界が広がっています。ボテロのふくよかな魔法というのは、「絵画ってこんなに楽しく、喜びを感じるものでしょう」と語りかけてくれているのかもしれません。

もちろんボテロの作品には、本展展示作品以外にもコロンビアの暴力の歴史や、アブグレイブ刑務所での拷問を描いたシリーズもあります。しかし作品と対峙したときの迫力、そして得られる感動は、スマホやパソコンの画面で見る作品からは感じることができないものです。デジタルに慣れた私たちは、本展で改めて絵画の魅力に気づかされるのでしょう。

貴重な初期の作品から近年の作品まで70点を鑑賞できる【ボテロ展 ふくよかな魔法】。本展はBunkamura ザ・ミュージアムでは7月3日まで、その後名古屋、京都へと巡回していきます。ぜひボテロの作品に向き合って、鑑賞体験を心行くまで堪能してみてください。

【ボテロ展 ふくよかな魔法】
URL:https://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/22_botero/
会場:Bunkamura ザ・ミュージアム
開催期間:2022/4/29(金・祝)~7/3(日)まで開催中 ※5/17(火)は休館
開館時間:10:00-18:00(入館は17:30まで)
毎週金・土曜日は21:00まで(入館は20:30まで)
※金・土の夜間開館につきましては、状況により変更になる場合がございます。
※会期中すべての土日祝は【オンラインによる入館日時予約】が必要です。詳細はこちら
https://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/22_botero/topics/nichiji.html
※状況により、会期・入館方法等が変更となる場合がございます。Bunkamura ザ・ミュージアムHPにて詳細をご確認ください。
※展覧会概要のほか、内容は変更になる可能性がございますので最新情報はBunkamura HPまでご確認ください。
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この記事を書いたライター
小林有希
KOBAYASHI YUKI
フリーランスライター。ベルリン崩壊時のドイツで幼少期を過ごした影響か、西洋美術に傾倒。アパレルでバイヤー業を経験。ライター転向後は、紙、WEB問わずファッション、アート、映画、世界遺産など多分野で執筆中。
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