【かこさとし展 子どもたちに伝えたかったこと】絵本とつなぎたい、かこさとしのバトン

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みなさんにとって、思い出に残る絵本はありますか?

筆者には2歳の息子がいます。気に入った絵本は繰り返し「読んで」とねだり、耳で覚えているのか、時折セリフを声に出すことも。

軽い気持ちで、誕生日にオリジナルの絵本をつくって贈ってみたところ、まぁ読んでくれません! 自分の子どもとはいえ、彼の心をつかむ絵やストーリーをつくるのは至難の業。翌年、息子を主人公に、はたらく車をふんだんに描いて、ようやくリベンジができました。

そんなこともあって、何十年もの間名作と呼ばれる絵本は、とんでもないものに見えるのです。好みも育った環境も異なる顔の見えない読者、ましてや好き嫌いがハッキリしている子どもたちに愛され続ける絵本なんて、どうやったら生まれるのでしょう。

「だるまちゃん」シリーズや『からすのパンやさん』も、一目見れば「ああ」と思い出す名作です。その作者で、日本を代表する絵本作家でもあるかこさとしの大回顧展【かこさとし展 子どもたちに伝えたかったこと】が7月16日(土)より渋谷Bunkamura ザ・ミュージアムにて開催されています。

本展では、代表作の原画だけでなく、かこが若き日に描いた油彩画から絶筆となった未完作品まで鑑賞できるとのこと。まさに、名作が生まれるまでの過程を知ることができるチャンス!ということで、筆者も会場にお邪魔してきました。かこさとしがどのような想いで絵本を制作していったのか、彼の作品世界から紐解いていきたいと思います。

幼くして誤った判断、大人になって抱いた決意

本展の「第1章 絵を描く科学者 青年期に見つめたもの」、そして「第2章 子どもたちから教わったこと セツルメントでの活動」では、絵本作家以前のかこさとしが手がけた作品を見ることができます。

1926年に現在の福井県越前市で生まれたかこさとし(加古里子、本名:中島哲)は、幼い頃から絵を描くのが好きな少年でした。日中戦争が勃発した翌年、中学に入学したかこは航空士官になる夢を抱き、たびたび軍用機などをスケッチに残しました。しかし、終戦した1945年、かこが東京大学工学部応用化学科に入学した年に、軍人学校を卒業した友人たちが次々と飛行機乗りになり、命を落としていったのです。

人を殺める兵器に憧れ、誤った判断をした後悔。“生き残り”ならぬ、“死に残り”となった自分。自責の念に駆られたかこは、“恥ずかしい大人”、“必要のない人間”である自身をキャンバスに描き、憂さ晴らしをしました。

「自画像」 1947年 
©1947 Kako Research Institute Ltd.

板に描かれたでこぼこの油彩自画像は、眉が吊り上がり、目も鋭く、後の絵本に登場する笑顔のかことは対照的です。軍国主義から民主主義へと鞍替えした敗戦国、大人たちの節操のなさ、そして自身のふがいなさを憂えた心が、この厭世的な表情を描かせたのでしょうか。

しかし、過去を悔やみながらも、かこは筆を止めませんでした。卒業後、研究者として昭和電工に勤めながらも、定期的に美術展を開催したり、個人で日本アンデパンダン展などに出展したり、意欲的に活動していました。かこが当時モデルにしていたのは、勤め先でもあった川崎の臨港地帯の風景や、研究室付近にいた人々です。

「女習作」油彩 1956年、「工員習作」油彩 1951年

暗い画面に、ぼおっと光が灯ったように浮かび上がる労働者や研究者たちの姿。油彩画「工員習作」に描かれた男性の手には本が握られており、束の間の休憩に、戦争で失われた文化的活動を市民自ら取り戻そうとする当時の様子がわかります。

一方で、かこは1951年よりゆとりのない家庭を対象としたボランティア運動「セツルメント活動」を始め、子どもたちに手づくりの紙芝居や幻灯の作品を披露していました。

26歳のかこさとしと川崎セツルメントの子どもたち 1952年7月 撮影 田村茂

「子どもたちには、ちゃんと自分の目で見て、自分の頭で考え、自分の力で判断し行動する賢さを持つようになってほしい。その手伝いをするのなら、死にはぐれた意味もあるかもしれない」(『未来のだるまちゃんへ』文藝春秋 P.20より)

この活動は、かこにとって贖罪だったのでしょうか。未来ある子どもたちが自分と同じ過ちを繰り返さないように、健やかに成長する手伝いをしようとかこは決意したのです。

『秋』 1953年制作(紙芝居)©2021 Kako Research Institute Ltd.

活動を通じて、紙芝居に教育教材としての可能性を感じたかこは、テーマ・物語づくり・絵・発声方法など、なにが子どもの興味を惹くのか、結果どんな効果をもたらすのか、児童心理の研究を重ねてきました。つまらなければそっぽを向き、面白ければ目を輝かせて夢中になる、正直な子どもたちと正面から向き合ったこの経験は、後のかこの絵本制作に大きく貢献します。

絵本だからこそ伝わるものがある

「第3章 だるまちゃんとからすのパンやさん 名作に込めた想い」では、今や世界中で愛される絵本の原画を鑑賞できます。

人気の「だるまちゃん」シリーズの主人公、だるまちゃんには、てんぐちゃんの真似をしながら学んでいく様子など、かこが出会った子どもたちの面影が宿っていました。本シリーズはかこが亡くなる2018年にも新刊が発売されており、かこが生涯を通じて、力を注いできた作品であったことがわかります。

1959年に「だむのおじさんたち」で、会社勤めしながら絵本作家デビューを果たしたかこは、約60年間にわたる創作活動の中で600冊以上の絵本を世に送り出しました。その人気を支えたのは、セツルメントでの経験だけでなく、かこの科学者としての知見でした。

『だむのおじさんたち』1959年 福音書店/2007年 ブッキング・復刊ドットコム、『ダムをつくったお父さんたち』1988年 偕成社

学びでも遊びでも、子どもたちが積極的に取り組む背景には必ず“面白さ”があります。その“面白さ”とは、笑いを誘うおかしさではありません。知的好奇心や探究心をくすぐるもの、どこか心に引っかかるもの、そんな“興味深さ”が子どもたちのモチベーションとなるのです。

「僕は子どもたちに生きることをうんと喜んでほしい。この世界に対して目が開いて、それをきちんと理解して面白がってほしい」(『未来のだるまちゃんへ』文藝春秋 P.258より)

例えば『どうぐ』のこの1ページには、どれか1つでも欠けると、自動車として機能しなくなってしまう部品が丁寧にひとつひとつ描かれています。絵本制作当時、かこは自動車会社より取り寄せた資料を参考に、すべての自動車のパーツを描いたそうです。

絵本に刷られた緻密な挿絵は、このように膨大な情報量と専門知識を含んでいます。絵本の読者が、まるで科学者のように、じっくり観察してみると多くの発見と驚きに出逢うでしょう。しかしかこが制作したのは「図鑑」ではなく、「絵本」です。世界を知るために必要な科学的真実を、かこは手間と時間をかけて、子どもが理解できる言葉にかみくだき、心に届く絵にしたためて、物事の面白さを伝えていたのです。

結果、科学や歴史、自然、社会、昔話(民話・童話)、文化、生活習慣、遊びなどなど……あらゆるジャンルの絵本が生まれました。そしてその最終形ともいえるのが、「第5章 いのちの成り立ちを考えたい 生命図譜に込めたメッセージ」に展示されている、未完の「宇宙進化地球生命変遷放散総合図譜(生命図譜)」です。

「宇宙進化地球生命変遷放散総合図譜(通称:生命図譜)」(未完成) ©2018 Kako Research Institute Ltd.

縦約1.5メートル、幅約1メートルのトレーシングペーパー5枚に描かれているのは、宇宙の始まりから現代に至るまでの生物の変遷です。この長い長い歴史の中に、人間の姿は少しだけ。よく見てみると、人間の歩みが途中で止まっていることがわかります。私たちは知らず知らずのうちに、歩みを止めてしまったのでしょうか。

かこは図譜について、以下のようにインタビューに答えています。
「今後どういうふうな未来になるのか、どなたにもわからないことですが、これまでの変遷をしっかりと見極めることで、将来、未来性も、ちゃんと出てくるんだろうと、いうのが僕の考えです」(『日曜美術館』「かこさとし最期のメッセージ 未来を生きる子どもたちそして大人たちへ」NHK Eテレ、2019年7月7日放送)

この壮大な歴史は、現代に生きる私たちにつながっていて、ともすれば人間のアイデンティティを成すものです。戦争という過ちを繰り返さないために、人々の生きる喜びが奪われないように。子どもたちが図譜から学び、自分たちが生きている社会を観察する力を身に着けてほしい、そしてより良い社会、未来を築いてもらいたいという願いが、この図譜には込められていました。

かこさとしの絵本とともに息子に伝えたいこと

本展の帰り、筆者は『だるまちゃんとかみなりちゃん』(福音書店)を購入して、息子に読み聞かせをしました。だるまちゃんがジャンプするときは膝の上の息子を揺らし、雲車が動くときは効果音をつけて、「あれなんだろう、これなんだろう」と会話をしながら。

親になってからの2年間、誰もがそうであるように試行錯誤、自問自答の毎日でした。「この伝え方で良いのか」、「この子は毎日を楽しんでいるのか」、「もっと親としてやれることがあるのではないか」と。

今の世の中は、決して健やかとはいえないでしょう。そんな中でも、やがて息子が自ら道を切り拓き、ひとりで歩きださなければいけないときが訪れます。困難に直面したとき、くじけそうなとき、かこさとしの絵本世界で感じた希望や慈愛を思い出してほしい。そしてまたもっと未来の子どもたちにバトンを渡してほしい。そんな風に、はしゃぐ息子の後ろ姿を見つめながら、ひっそりと祈りました。

初期から晩年まで、約200点もの原画や資料が集結した【かこさとし展 子どもたちに伝えたかったこと】はBunkamuraザ・ミュージアムにて9月4日(日)まで開催しています。この夏、少年、少女だった頃の自分と再会し、かこさとしの想いを未来へと渡してみませんか。

※最新の情報はBunkamura HPをご確認ください。

【かこさとし展 子どもたちに伝えたかったこと】
URL:https://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/22_kako/
会場:Bunkamura ザ・ミュージアム
開催期間:2022/7/16(土)~9/4(日)  ※7/26(火)休館
開館時間:10:00-18:00(入館は17:30まで)
毎週金・土曜日は21:00まで(入館は20:30まで)
※金・土の夜間開館につきましては、状況により変更になる場合がございます。
※会期中すべての土日祝は【オンラインによる入館日時予約】が必要です。詳細はこちら
https://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/22_kako/topics/nichiji.html
※状況により、会期・入館方法等が変更となる場合がございます。Bunkamura ザ・ミュージアムHPにて詳細をご確認ください。
※展覧会概要のほか、内容は変更になる可能性がございますので最新情報はBunkamura HPまでご確認ください。
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この記事を書いたライター
小林有希
KOBAYASHI YUKI
フリーランスライター。ベルリン崩壊時のドイツで幼少期を過ごした影響か、西洋美術に傾倒。アパレルでバイヤー業を経験。ライター転向後は、紙、WEB問わずファッション、アート、映画、世界遺産など多分野で執筆中。
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